東京大会で示したい共生社会の姿
リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック後に行われた日本選手団凱旋パレード(2016年/銀座)
―― 2008年北京大会からオリンピックとパラリンピックの大会組織委員会が正式に統一され、東京大会も「オリンピック・パラリンピック大会競技組織委員会」として、オールジャパン体制で大会の準備、運営にあたっています。
これは非常に良かったと思います。今ではオリンピックとパラリンピックをセットにして考えるのは世界的に当然のことですからね。しかし、以前はそうではなかった。
例えば2016年リオデジャネイロ大会後には、初めてオリンピックとパラリンピックの合同での凱旋パレードを行い、非常に盛り上がりましたが、実は当初は反対する人たちもいたんです。「なぜ障がい者と一緒にする必要があるんだ?」とか「車いすの選手は危ないからバスには乗せられない」とか、稚拙な議論がありました。そんなのはベルトで固定させるとかすれば済む話で、何の問題でもないわけです。実際、約80万人という大観衆を集めて、非常に盛り上がりましたよね。
ゴールボール(2016年/リオデジャネイロパラリンピック)
―― この4年間で、パラリンピックに対する意識に変化を感じていらっしゃいますか?
まずは世論の動向がずいぶんと変わってきたなと感じています。特にそれが顕著に表れているのが、スポンサーですね。東京大会のスポンサーをしている企業を訪れると、例えば社内のエレベーターに描かれているのはオリンピック選手ではなく、パラリンピック選手だったりするんです。また、NHKは国内で唯一、オリンピックもパラリンピックも放映権を保有していて、これまで大会に関連した番組を放映していますが、どちらかといえば、パラリンピック関連の番組が数多く放映されている気がします。こうしたメディアからの積極的なアプローチによって、徐々に国民がパラリンピックに理解を示し、関心を抱き始めているのだと思います。
社会的な観点からも変化が見られます。例えば、ホテル。東京都内にはこれだけたくさんのホテルがあるというのに、以前は車いすユーザーが利用できるバリアフリーの部屋があるホテルは非常に限られていました。ですから、パラリンピックのオフィシャルホテルを決めるには苦労を要しました。「それだけの数のバリアフリーの部屋を用意するのは無理です」と、相次いで断られたんです。しかし、現在はバリアフリーの部屋をもつことが当然のように考えられるようになり、だいぶ増えましたよね。これもひとつの東京オリンピック・パラリンピック開催のレガシーです。
(左)2020東京オリンピック・金銀銅メダル
(右)2020東京オリンピック・トーチ
―― これまでのオリンピック・パラリンピックにはなかった、東京大会独自の取り組みとは何でしょうか?
一番大きいのは、持続可能性に配慮した取り組みです。これは、地球及び人間の未来を見据えて、国連(国際連合)の「持続可能な開発目標(SDGs)」に貢献しようということで、例えば全国から不要になった携帯電話などを集めて、そのリサイクル金属で金・銀・銅メダルをつくるという国民参加型プロジェクトは、海外からも称賛の声があがっています。また、聖火リレーのトーチの一部は、東日本大震災の被災3県で使われた仮設住宅の廃材を再利用しています。表彰台も使い捨てプラスチックを再利用したものです。先日、実際に表彰台を見ましたが、非常に立派なものでしたよ。こうしたことは、まさに世界に誇れる日本の知恵と技術ですよね。大会後、表彰台は日本人メダリストのそれぞれの母校に寄付したらいいんじゃないかなと思っています。「この学校からメダリストが出たんだ」と自慢になりますし、子どもたちの夢になる。それもレガシーとしてしっかりと残されていくはずです。
それと、まだこれは私の提案でしかないんだけれども、オリンピック・パラリンピックでひとつの大会なわけですから、オリンピックの開会式にパラリンピック選手を登場させて、一緒に開幕を迎える。さらに、オリンピックが終わったからといって熱が冷めるようなことであってはいけませんから、パラリンピックの開会式もオリンピックと変わらずに盛り上げて、勢いよく幕が上がると。そしてパラリンピックの閉会式にはオリンピック選手を登場させて、「総合閉会式」として一緒にフィナーレを迎える、というようなことをしたいんです。
―― まさに「インクルーシブ社会」の実現ですよね。
その通りです。「パラリンピックの成功なくして、東京大会の成功はない」と言ってきたわけですから、ぜひオリンピックとパラリンピックが共生した姿をお見せしたいと思っています。
札幌大通り公園をスタートする北海道マラソン(2018年)
―― また、東京大会の成功に欠かすことができないのが、「暑さ対策」です。オリンピックのマラソンと競歩は、選手の健康面を配慮して、急遽札幌に会場を移すことに決定しました。
IOCのバッハ会長から直々に私の元に電話がかかってきて、札幌への移転の話を聞いた時は、私も驚きました。マラソンはオリンピックの華で、それも男子マラソンは大会最終日に行われ、表彰式は閉会式に組み込まれていましたから、札幌への移転はそう簡単なことではない、とは思いました。しかし、東京の暑さを不安視するIOCに対して「対策は完璧です。任せてください!」なんてことは言えませんよね。世界的に温暖化による気温上昇は年々ひどくなってきていますから、今年の夏はどれだけ気温が上昇するかわかりません。そうしたなか、どれだけ万全を期しても、「絶対に大丈夫」とは言えないわけです。しかもIOCの決定には従わなければなりません。だから札幌会場への移転は致し方ないことでした。でも、今となっては良かったと思っているんです。確かに東京で見られないというのは残念ですし、急遽準備に取りかからなければならなくなった北海道や札幌市には苦労をかけるかたちとなりました。ただ、今年の夏は予想をはるかに超える暑さになるかもしれない。そうなってから騒いでも遅いわけです。何より選手の安全が第一ですからね。
問題解決に必要な財政基盤の整備
日本体育協会・日本オリンピック委員会創立100周年記念祝賀式典(中央が森日本体育協会会長/当時)(2011年)
―― 紆余曲折ありながらも、ここまでしっかりと準備が進められ、機運が高まってきていると感じています。まさに「オールジャパン」での大会となるわけですが、先頭に立ってさまざまな問題を解決の方向へ導いてきたのが、森元首相です。正直、森元首相のような強いリーダーシップがあり、視野の広い方が陣頭指揮をとられてきたからこそ、今の状況があると思います。
自分で「そうです」なんて答えるほど、私も図々しくはないけれどね(笑)ただ、経験が生きたということはあるでしょうね。狭い考えや、必要以上のこだわりを持っていると、こういう国や組織を動かさなければいけないような一大事業の陣頭指揮はとれないということがわかっていたということが大きかったと思いますよ。
―― そもそも歴史をたどれば、森元首相が日本体育協会(現・日本スポーツ協会、以下日体協)の会長を務められていた時代(2005~2011)に、現在の日本スポーツ界におけるファウンデーションがつくられたのではないでしょうか。例えばtoto(スポーツ振興くじ)※1 によって財政を確立させました。さらに2011年に日体協とJOC(日本オリンピック委員会)が創立100周年を迎えた際には、日本スポーツ界の指針として「スポーツ宣言日本~21世紀におけるスポーツの使命~」※2 を採択するなど、日本が歩むべき方向性をきちんと提示されました。それらが日本スポーツ界を取り巻く環境を変え、現在のような選手育成・強化や組織運営の基盤を築いてきた原点になっていると思います。
それまでの時代は、政府が決めた予算の下でしかスポーツが成り立たないような仕組みで、狭い範囲でしか動くことができなかったんです。さらに日本スポーツ界を発展させるためには、より強固な組織運営・体制が必要になるだろうと。そのためには仕組みそのものを変え、財政基盤を整えていかなければなりませんでした。
例えばラグビーを例にとると、昨年のラグビーワールドカップの影響で、今、ラグビーをやりたいという小学生が増えていて、各地域のラグビー教室はどこも満員で困っていると。ところが、その小学生たちがラグビーを続けたいと思っても、中学生がラグビーをやれる環境というのは非常に少ないんです。その要因のひとつは、指導者不足にあります。指導したくても、それだけで食べていくことはできませんから、みんなほかの仕事をしながら休日にボランティアで子どもたちに教えているという厳しい現状があるわけです。だから指導したくてもできないという人は結構いるんですよ。ほかの競技も同じようなことが言えると思います。これでは日本スポーツ界の発展はあり得ません。こうした問題を解決していくためには仕組みを変え、財政基盤を整えていかないといけないと。
toto助成事業
―― 特にtotoがなければ、今の日本スポーツは成り立っていなかったと思います。ラグビーワールドカップの成功も、東京オリンピック・パラリンピックの招致も、国立競技場の建て替えも、すべてtotoがあったからこそです。
そう思いますね。ただ、今のtotoの仕組みでは、これから先は難しいと思いますよ。すぐに財政難に陥るのは目に見えています。だからこそ、totoには"援軍"が必要なんです。現在はサッカーのJリーグのみが対象となっていますが、限界にきています。ほかのプロスポーツにも対象を広げていかなければ、totoは破綻してしまいます。プロ野球やバレーボールのVリーグなどにも声をかけていますが、遅々として話が進みません。ラグビーのトップリーグもプロ化しなければ、今のままでは企業にお金を賭けることになりますから、それはそれで問題になってしまう。
そこで今、最も期待しているのがバスケットボールのBリーグです。公営競技である競輪、競馬、ボートレース、オートレースでの売上げ総額は、すべてを合わせると大変な額になるわけです。その収益を社会福祉の増進、教育文化の発展、スポーツの振興などの経費の財源に充てることが法律で定められているんです。ですから、本来は売り上げの何割かをスポーツ事業の予算に充てるという明確な法律をつくるべきなんです。私も政治家時代にいろいろと試みましたが、各公営競技を牛耳っている各省庁がまったく耳を貸してくれませんでした。それでtotoをつくるしかないとなったわけです。今思えば、totoをつくっておいて本当に良かったと思いますよ。そうでなければ、いざワールドカップやオリンピック・パラリンピックなど大規模な大会やイベントをやりたいとなっても、財政的に厳しければ頓挫していたでしょうからね。
今後の最大の問題は「人」と「場所」です。やはり奉仕だけでは指導者は増えていきません。きちんと報酬を出せるようにして、専門の知識を持った優秀な人材を育てていく仕組みが必要です。もうひとつは、スポーツができる場所づくり。例えば、今回のラグビーワールドカップの影響を受けて「ラグビーをやりたい」という子どもたちが増えても、結局やる場所がなければ何もならない。そういうことでは日本スポーツ界は衰退してしまいますよ。昨年、ラグビーワールドカップが閉幕した翌日の11月3日に、全国10紙の新聞に、日本ラグビーフットボール協会が出稿した広告記事を見て、感動しました。応援してくれた人たちへの感謝の気持ちを綴った言葉が並べられていた中に、〈子どもたちが思いっきりプレーできる、芝生のグラウンドを増やそう。〉という文があったんです。私と同じ気持ちでいてくれているんだな、と非常に嬉しく思いましたよ。子どもたちは芝生のグラウンドとボールがあったら、それだけで走ってボールを転がして遊ぶんですからね。
※1「スポーツ振興くじ」(toto・BIG)とは、収益金を財源に誰もが身近にスポーツに親しめる、あるいはアスリートの国際競技力向上のための環境整備など、新たなスポーツ振興政策を実施するために導入されたもの
※2「スポーツ宣言日本~21世紀におけるスポーツの使命~」とは、100年にわたり日本のスポーツが積み重ねてきた歩みをもとに、次の100年をどのような考え方に立ち、どこへ向かって進んでいくべきかの指針を示したもの
―― そうした問題をスピーディに解決していくためには、全体を統括するリーダー的組織が必要なのではないでしょうか。
そう思いますね。しかし、それは本来スポーツ庁の役割なんですよ。ところが、文部科学省の外局となっているものだから、あまり力がない。そうではなくて、独立した「スポーツ省」に格上げするべきでしょうね。