―― 日本代表の強化策の一つが、サンウルブズ(国際大会「スーパーリーグ」に参加する日本代表チーム)ですね。
おっしゃる通りです。ラグビーの世界最高峰リーグと謳われるスーパーリーグに参戦するためにサンウルブズを設立したわけですが、海外の大柄な選手たちともフィジカル面で対等に試合ができるようにしようというのが狙いです。「どうせ海外の選手とは体格が違うのだから、ティア1チームには勝てない。一つでもトライを奪えば拍手喝采」なんていうような試合をしていては、いつまでたっても強化は見込めません。ですから、フィジカル面においても日本のラグビーを変えていこうということです。結果だけを見れば、サンウルブズは苦戦を強いられていますが、それでも大柄な海外選手の当たりを体感し、自分達も鍛えれば対等に戦える、という日本人選手が増えたことはデータから見ても明らかです。ここ数年日本代表全体のフィジカル面の強化が図られてきました。
エディ・ジョーンズ氏
―― 2015年のラグビーワールドカップで日本代表を率いたエディ・ジョーンズ前ヘッドコーチ(現イングランド代表HC)の下、過酷なトレーニングでフィジカルを鍛え上げて、その成果としてワールドカップでは南アフリカから勝利を挙げました。2015年大会の遺産を引き継いだ現在の日本代表をどのようにご覧になっていますか。
過信してはいけませんが、それでも海外チームとのテストマッチを見ていますと、確実に力をつけてきています。例えば昨年11月のニュージーランドとのテストマッチでは、31-69という差で負けはしましたが、それでも世界最強国から5つもトライを奪ってみせたというのは、これまで行ってきた強化策の成果の一つとして挙げられると思います。それこそイタリアやフランスとは、しっかりと勝負することができるようになっていますよね。
ただ、ティア1のチームと常に五分に渡りあえるかというと、そこはまだまだで、これから力をつけていかなければいけません。正直に言えば、「善戦」はもう十分。やっぱり代表は勝たなければならないんです。あと半年で勝ち切る力をどこまでつけることができるか。ぜひラグビーワールドカップでは勝ち切る日本の姿を見たいですね。
「ラグビー憲章」には「Solidarity(団結)」が謳われている
―― ワールドカップ開催をきっかけにラグビーを広く普及させたいと伺いましたが、「ラグビーは危険なスポーツ」というイメージを持っている人も少なくないと思います。子どもの競技人口を増やすためには、保護者への理解も必要となるのではないでしょうか。
WR(ラグビーの国際統括団体)が制定した「ラグビー憲章」では5つの価値が掲げられています。人間の品格を構成する(1)「Integrity」(品位)、見ている人たちを魅了する(2)「Passion」(情熱)、チームスポーツに欠かせない(3)「Solidarity」(団結)、そして次に(4)「Discipline」(規律)、そして最後にチームメイトや対戦相手に対する(5)「Respect」(尊敬)。この5つの価値を行動規範および行動指針のビジョン(理想)としています。これらはすべて人間の人格形成に極めて重要な要素であり、実際ラグビーには人格形成に必要な要素が多く含まれています。例えば、「One for All, All for One(1人はみんなのために、みんなは1人のために)」や、試合終了の笛とともに敵味方ではなくラグビー仲間同士になる「ノーサイド」といった昔から言われているラグビー精神がそうです。このラグビー精神を保護者の方にも理解してもらえると、「ぜひ、うちの子にもラグビーをやらせたい」というようになっていくのではないかと思います。安全面での対策も指導者はしっかり気を配ることが重要です。
ラグビーの普及が課題
また、そうした理解を深めていくためにも、重要なのは現役を引退した後の「セカンドキャリア」です。選手としてだけでなく、引退後、今度は社会人としても立派な姿を見せていかなければ、子どもたちに示しがつきません。ですから、日本ラグビーフットボール協会や各企業のクラブチームでは、就職先を見つけることだけがセカンドキャリアではなく、そこで社会人としてどうあるべきか、ラグビーで培われたものをどう生かしていくのか、というところまで掘り下げてセカンドキャリア問題に取り組んでいます。同時に現役の選手達にも社会人としての基本を教育しなければなりません。
―― 指導者については、OBを活用できるようなシステムの構築が必要かなと思われますが、いかがでしょうか。
おっしゃる通りですね。例えば各企業のクラブチームでプレーをしたOBが、その地域のクラブで指導をするということもできると思います。また、各クラブで指導者を養成するシステムも作っていかなければいけないと思います。
「ゴールデン・スポーツイヤーズ」はスポーツの意義を問うチャンス
アジアラグビーチャンピオンシップ2017
―― いよいよ半年後にはラグビーワールドカップが開幕するわけですが、現在の日本国内の盛り上がりをどのように感じられているでしょうか?
最終的には全試合を満員の観客で埋め尽くすということが目標となるわけですが、その機運というのは非常に高まってきていて、ラグビー人気は高いレベルにまで到達しつつあると感じています。もちろん、楽観的にとらえることはできませんが、あと半年間、最後の後押しをしていけば、相当な盛り上がりを見せてくれるだろうと自信を持っています。
―― 盛り上がりという意味で、日本のラグビー界はあまり上手ではないという印象があります。今回はティア1の国・地域以外での初めてのラグビーワールドカップ開催ということで、ラグビーをグローバルなスポーツにするための重要な大会であり、特にアジアにどのようにして普及させていくかが今後の課題の一つとなっています。日本がリーダーシップをとっていかなければいけないと思いますが、その点についてはいかがでしょうか。
アジアの普及・強化ということについては、日本に非常に大きな責任があると考えています。まずはリーダーシップを取るべき日本自体が世界と互角に渡り合えるほどの力を持たなければいけません。そして日本国内におけるインフラ整備と指導者の養成システムの構築を進め、それを今度は人材派遣というかたちで、アジアに広げていくことが必要です。
特に経済的成長が著しい東南アジアでは、スポーツの強化にも注力してきていますので、大きなチャンスだと思います。一方、韓国はひと昔前まで結構強かったんですよね。残念ながら現在では下火になったままですが、ポテンシャルはありますので、ラグビー熱を復活させて、国としてラグビーの強化に力を入れていくようなきっかけを日本が作っていけたらと思います。今年のラグビーワールドカップには、アジアラグビー(AR:アジアのラグビー運営団体。2014年に「アジアラグビーフットボール協会」から改称)の各国の理事をご招待しますので、ぜひラグビーの魅力を感じてもらい、そこで見たもの、得たものを、各国に持ち帰っていただきたいなと思います。そして、ラグビーワールドカップの日本視察をきっかけにして、日本とアジア各国とのラグビー交流が深まっていくことができればと考えています。そうしたことが、国際的なレガシーとなり、ラグビーの世界的規模の発展につながっていくはずです。
7人制ラグビー
―― 2019年ラグビーワールドカップの後には、2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。
オリンピックでは7人制ラグビー、パラリンピックではウィルチェアーラグビーがあるわけですが、この2つの競技とも連携を図っていろいろな取り組みを行っているところです。例えば、ラグビーワールドカップでは予選終了後、決勝トーナメントが始まるまでに、少し日が空くんですね。
そこで、JPC(日本パラリンピック委員会)の鳥原光憲会長と話をしまして、その空いた期間(10月16日~20日)に「ウィルチェアラグビーワールドチャレンジ2019」を開催することが決定しています。ウィルチェアーラグビーの世界ランキング上位8カ国(オーストラリア、アメリカ、日本、カナダ、イギリス、フランス、ニュージーランド、ブラジル)が集結する大会で、パラリンピックを前にしてウィルチェアーラグビーの魅力を知ってもらえるいい機会になると思います。ウィルチェアーラグビー日本代表は昨年の世界選手権で優勝し、現在世界チャンピオンですからね。非常に盛り上がると思います。我々15人制のラグビー日本代表とウィルチェアーラグビー日本代表の活躍が同じ時期に見られるということで、楽しみにしていただきたいですね。
ウィルチェアーラグビー
―― 今年ラグビーワールドカップが開催され、2020年東京オリンピック・パラリンピック、そして2021年にはワールドマスターズゲームズ2021関西と続き、「ゴールデン・スポーツイヤーズ」と呼ばれています。こうした国際的スポーツイベントが続く中で、日本スポーツ界は今後、どのような道を辿っていくべきだとお考えでしょうか。
まずはスポーツの意味をどこに求めるか、そのことを問い直さなければならない時期に来ていると思います。私はやはりスポーツは人格形成の重要な役割を担うものであると考えていまして、その認識が日本のスポーツ関係者にはもっと必要だろうと。昨今、スポーツ界における不祥事が問題となっていますが、一つは学校に任せっきりであることが閉鎖された世界を作り上げているのではないでしょうか。もっと地域に開かれ、学校の先生だけでなく、地域からのサポートを得られるシステムが必要だろうと思います。
子どもにとってスポーツは立派な社会人に育っていくための人格形成の場であるという認識を社会全体が持ち、国を挙げて問題対策に取り組んでいかなければいけません。ゴールデン・スポーツイヤーズが、そのことを考える一つのきっかけになってほしいと思います。
天皇皇后両陛下のご説明役を務める(左)
―― 最後に、岡村さんにとってラグビーとはどのようなものでしょうか。
ラグビーで教えられたことが、現役引退後も自分がやるべきことの判断基準として、ずっとあったように思います。社会人となってビジネスをするうえでも、先述した「ラグビー憲章」の5つの価値に照らし合わせて、「これができていないな」と反省することがよくあるんです。
すでに80歳という年齢にもなったというのに、まぁ、いいところ40点くらいしかもらえないというのは、なんとも悲しいのですが(笑)。ラグビーで教えられたことが、私の人生の基準になっています。