弱者の戦略は強者と正反対
ビジネスの視点で問う地方創生
競わないで成果を出すアプローチとは
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
弱者の戦略は強者と正反対
ビジネスの視点で問う地方創生
競わないで成果を出すアプローチとは
地方はこのままでは滅びてしまうのではないか─。歯止めのかからない人口減少、特に地方の疲弊ぶりは目を覆うばかりだ。こうした事態に各自治体も手をこまねいているわけではない。さまざまな施策を通して、大都市から地方に人を呼び込んだり、企業を誘致したり、何とか地方を創生させようと汗を流している。
しかし、それらの施策が本当に有効なのだろうか?本書はビジネスの視点から具体的な施策に鋭くメスを入れる。ビジネスにおいて弱者(中小企業)は強者(大企業)と同じ土俵で勝負しても勝てない。たとえば価格競争において、大量に安価な材料を仕入れることができる大企業に、中小企業は絶対にかなわない。同じことが地方都市(弱者)と大都市(強者)にあてはまる。にもかかわらず、地方自治体も中小企業も強者の成功例を真似して失敗する例があとをたたないのではないか。本書はそう疑問を投げかけるのだ。
弱者には弱者の戦略、つまり「競争をしないで勝つ」戦略を見つけなくてはならない。たとえば、多くの自治体が補助金を使って移住を促し、人口を増やす政策を行っている。これはお金をかければどこの自治体も真似ができる制度であり、弱者の戦略としては適切ではない。これに対し「徹底的に世話を焼くコミュニティー」は真似されにくい。強者とは異なる軸を作ることは、ビジネスにおいて弱者が生き残る基本である。
著者の久繁氏は日本IBMでビジネスの最前線に立ちながら、実家が経営する広島市の飲食店の経営に長く携わった経験を持つ。二つの地域で同時に働くことを「パラレルキャリア」といい、移住に関してキーポイントになるという。いまの仕事を一切やめて、いきなりシングルキャリアで移住するのは敷居が高い。パラレルキャリアを前提にして、地方と大都市を行ったりきたりできれば、移住者の数が増えるのではないか。久繁氏はつねに“顧客”の視点に立つことを忘れず、地方創生の解決策を考えるのだ。
さまざまな事例の中で、読者が最も印象的なのは、新潟県の小さな地方都市で倒産寸前の旅館を再生した若旦那の話ではないだろうか。学歴が高いわけでもなく、特別に秀でた才能を有しているわけでもない経営者が、他者とは競わない独自の路線を模索し、苦労しながら旅館を立て直す。著者が講演でこのエピソードを紹介すると、地方の若者たちの目がキラッと輝くのだという。
耳の痛くなるような話にも正面から向き合い、指摘すべきところは厳しく指摘し、促すべきところは優しく背中を押す。豊富なデータを引用しつつ、地方都市や中小企業の再生にかける著者の情熱がよく伝わってくる一冊だ。
(掲載:2016年08月17日)