2018.02.23
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2018.02.23
第一部(普及戦略の鍵と落とし穴)・第二部(ソーシャル・マーケティング)に続き、スポーツ実施率(身体活動・運動習慣定着率)を地域全体で高めるためのポイントを整理していきたい。本稿では、スマートフォンのアプリからキャンペーン、健康教室まで、こうした事業が本当に効果的だったと言えるのか評価するための方法に目を向けてみよう。
事業を評価する際、まず確認することは、「そもそもこの事業の主目的は何なのか?」である。当たり前のように聞こえるが、実はここをあやふやにしたまま事業が評価されたり、事業成果が高らかに謳われるケースが非常に多い。「住民におけるスポーツ(運動)実施率の向上」を主目的とした事業であれば、測るべきものは、ずばり「スポーツ(運動)実施率」である。「○○イベントへの総参加者数1万人!」「アプリのダウンロード数100万突破!」「事業参加者の血中○○値が30%改善!」、どれも事業のパフォーマンスを測る大事な値であるが、主目的が住民のスポーツ(運動)実施率の向上や身体活動の促進であれば、「スポーツ(運動)実施率」や「身体活動量」が絶対に外してはいけない主要評価項目(Primary outcome)である。他は、あくまで中間指標や付随指標である。
さらに、当然ながら、いつ・どう評価するかは、事業実施前の計画段階で決めておく必要がある。前回記事でソーシャル・マーケティングの各ステップを紹介したとおり、「目的と目標の設定」は3番目のステップとして、介入の実施と評価より前に位置づけられている。この時、"行動"に関する目標(behavioral objective)を立てることになるのだが、ポイントは、SMART(スマート)な目標を設定することである。
Specific | 具体的か? |
Measurable | 測定可能か? |
Achievable | 実現可能か? |
Relevant | 意味のあるものか?(組織のミッションに合致しているか?) |
Time-bound | 期限は明確か? |
例えば、
○ SMARTな目標
「ソーシャル・マーケティングに基づく多面的介入(事業)により、○○県在住の成人における、週に1回以上スポーツを実施する人の割合を、東京オリパラ後の2020年10月までに55%(2017年10月時点値)から65%まで高める」
× SMARTでない目標
「スポーツ振興により、疾病の予防等、県民の健康長寿実現を目指す」
このSMARTな目標が初期段階で設定されていれば、何を評価するとよいかは明確になっているはずである。
普及戦略に関してよく見受けられる誤解のひとつに、「運動の良さを知りさえすれば、多くの人が運動するようになるだろう」という考えがある。知識の普及が、すなわち、行動の普及に結びつくわけではない。これは失敗に終わった数多くのキャンペーンの検証エビデンスが示してきた。身体活動の普及を目的とした介入(キャンペーン等の大規模介入)の多くが、図1のようなロジック・モデル(仮説)を想定している。このロジック自体に問題はないが、行動(身体活動)の前に高い壁が存在していることに注意が必要である。
図1.ロジック・モデルの例と高い壁の存在(Kamada et al. 20131)より引用改変)
多くのマスメディア・キャンペーンが、知識を普及するところまでは成功するが、実際の行動を変える(例えば運動実施率の向上)にまでは至っていない。この大きな壁をどう乗り越えるかが、スポーツ推進・健康政策の鍵となる。社会規範(Social norm ソーシャル・ノーム)を変えるといった、メディア・キャンペーンが効果的に役割を果たす部分もあるが、知識が普及できたり、スポーツ実施に関心を持つ人が増えたりしただけで満足してはいけない。勝負はそこからであり、注目すべきはやはり「行動」としてのスポーツ実施・身体活動量が変化したかどうかである。
なお、こうしたロジック・モデルの整理は事業の進捗を確認する上で役に立つので、事業実施の際は、ぜひ作成してみることをお勧めしたい。1年間ではなかなか地域レベルで「行動(スポーツ実施率・身体活動量等)」の変化を実現することはできなくとも、例えば事業開始1年後に、中間指標としてのアウェアネス(事業への気づき)や知識などに向上が確認されれば、想定どおりに進んでいるかチェックすることが可能となる。
主要評価項目に加えて、さらに包括的な視点から、その事業がどれだけ社会的インパクトがあったかを評価するには、「ゆ・か・い」の3つの観点で見るとよい。これは、メディア・キャンペーンから運動教室・モバイルICTの活用に至るまで、どのような介入内容にも当てはまる。
図2.ゆかいな事業評価
ゆ(有効性、Effectiveness/Efficacy)・か(数、Reach)・い(維持、Maintenance)の3観点は、RE-AIMモデル2,3)という評価枠組みから、実施後の効果に関わる3要素のみを抽出したものである。例えば、ある事業において、そのプログラムに参加した人では劇的に身体活動量が高まる(有効性が高い)が、限られた人数しか参加しておらず(数が小さい)、参加者も半年経つと身体活動量が元に戻る(維持できない)ようでは、普及事業としての社会的インパクトは限定的と言える(図3)。メディア・キャンペーンでは、有効性と維持が適切に評価されておらず、自治体や企業等が実施するインセンティブ・モバイルICT関連の事業(アプリの活用含)では、数(対象総人口に占める割合)や維持の評価が不十分である場合が多い。これら3観点を考慮して、文字通り愉快(ゆ・か・い)な事業の実施を目指したい。
図3.有効性と数の観点から見た社会的インパクトのイメージ
なお、より詳細な普及施策の評価方法をまとめると図4のとおりとなる。これにはゆ・か・いの3観点のほか、事業のアウトプット指標なども含まれる。評価デザインの詳細(事前・事後データの取得等)については、他稿 5)に譲りたい。
図4.身体活動普及施策の評価枠組み(鎌田,20144)
島根県雲南市のプロジェクトをもとにした筆者らの論文 6)でも、こうした包括的な評価結果をRE-AIMモデルに基づきフローチャートで掲載している(Supplementary eFigure 5)。学術論文のまとめ方に興味がある方はそちらも参照いただきたい。
メインとして評価するものがスポーツ実施率や身体活動量であった場合、どのような方法をとると、正確な評価が可能になるのだろうか?身体活動量の測定方法には様々な選択肢があるが、考慮すべき点としては、①評価すべき対象者の数が多いこと、②時間をおいて(間隔を空けて)複数回測定する必要があること、③評価に加えて介入(事業)自体に大きな労力・コストをかける必要があること、などがある。また、身体活動量の測定に関しては、正確性(妥当性 validity)と実施の容易さ(実現可能性 feasibility)の間にトレード・オフの関係がある 7)。従って、今のところ現実的な選択肢としては、質問紙、歩数計・加速度計(市販ウェアラブル・デバイス含)、スマートフォンなどが候補になるだろう。
その中でも最もよく用いられている方法は、質問紙等(ウェブ調査や電話インタビュー調査含)による自己評価だろう。この方法のメリットには、実施の容易さや安価であること等があげられる。身体活動の種類(歩行・筋力増強運動など)について調査できることも大きなメリットである。二重標識水法(Doubly-labeled water, DLW法)というエネルギー消費量推定のgold standardと言われている手法であっても、こうした身体活動の種類や頻度・パターンについては何の情報も与えてくれない。事業の目的が「スポーツ実施率」もしくは「運動実施率」の向上に焦点を当てていた場合、質問紙の利用は最適かもしれない(図5)。ただし、主観的評価のため、思い出しに伴う誤差やバイアスなどはデメリットとなる。そのため、IPAQなど信頼性や妥当性の検証された質問紙を用いることが望ましい。
図5.運動・生活活動と身体活動の評価
また、歩数計や加速度計が大量に利用でき、かつ、その郵送費用までカバーできる予算があれば、生活活動を含めた身体活動量全般の客観的評価が可能だろう。しかし、実際には、地域全体への介入事業の評価としてこのような評価手法をとることは困難である。このような方法を試みた研究でも、評価対象者の数が極端に少なくなったり、顕著な偏り(選択バイアス)が生じてしまったりしており、結局、うまく評価できていない。従って、現状では、質問紙が最適な選択肢として推奨されている 8)。
最後に、近年、身体活動量の測定方法として急速に普及している方法として、スマートフォン(携帯電話)の活用があげられる。実験室で行われた妥当性検証により、加速度計が内蔵されたスマートフォンは、歩数の測定に関してある程度正確であることが示されている(-6.7%~6.2%の誤差)9)。近年発売されているiPhoneはデフォルトで歩数が測定されるようになっており、様々な種類の研究で活用されている。アプリとインターネットを利用して即座に多くの人々のデータが取得可能な点は、大規模な取り組みの評価を行う際も有効である。ただし、筆者らが進めている自由生活下での妥当性検証では、特に普段スマートフォンをあまり携帯していない人ほど歩数の過小評価につながる傾向も確認されており、また、全ての種類の身体活動がスマートフォンで測定可能なわけではないため、結果の解釈においては注意も必要である。これまでの普及・広がりの速さを考慮すると杞憂となる可能性もあるが、スマートフォンを利用した調査対象者に年代・社会経済的特性などで一般集団と比べて偏りがないかについても常に確認する必要がある。とは言え、身体活動の測定において、スマートフォンの利用が選択肢の一つに加わったことは画期的な変化と言える。
現在実施されている国民健康・栄養調査における歩数調査に加えて、より小さなレベル(例えば市町村単位)での経年変化を追えるような身体活動のモニタリング・システムが整備されれば、各地で地域介入(事業)の評価が格段に容易になる可能性がある。国(あるいは世界)をあげた取り組みとして、ぜひそうしたモニタリング・システムの整備も、東京2020オリンピック・パラリンピックのレガシーとして創り上げていきたいものだ。
レポート執筆者
鎌田 真光 (2014年9月~2018年3月)
海外特別研究員
Research Fellow
Harvard T.H. Chan School of Public Health
Overseas Research Fellow, Sasakawa Sports Foundation (Sept. 2014~Mar. 2018)