2019.01.28
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2019.01.28
ドイツオリンピックスポーツ連盟(DOSB)、州スポーツ連盟、郡や市スポーツ連盟、競技団体、約9万の地域スポーツクラブは、民法にもとづいて下級裁判所に登録された法人である。登録のための条件は様々あるが、定款を策定していることもそのひとつである。定款には定められた諸事項が謳われているが、DOSBの定款の緒言にも「宗教・世界観の寛容と政党政治の中立という原則を守る」とある。では、スポーツは政治と関係してはいけない、ということだろうか。
スポーツと政治は切り離せない。国際競技大会などは世界情勢と切り離しては考えられない。生涯スポーツも競技スポーツも行政の助成なしでは実現しない。例えばドイツでは、スポーツ施設といえば学校の体育施設、公共スポーツ施設、またはクラブ独自の施設である。DOSB の「2015/2016スポーツ発展レポート(Sportentwicklungsbericht 2015/2016)」によると、独自の施設をもつクラブは46.3%である。学校や自治体の施設を利用して活動しているクラブは全体の61.2%である。独自の施設を持つクラブも公共スポーツ施設を使っている。クラブの活動には学校のスポーツ施設や公共の施設なしでは成り立たない。 戦後のドイツスポーツ界(最近DOSBは「組織化されたスポーツ」と称している)が努力してきたことは、競技スポーツの振興とともに、生涯スポーツも社会の重要な一要素であるということを、政治や社会に認めさせることであった。それはドイツスポーツ連盟の1960年代の「第2の道」や1970年から始まった「トリム運動」の推進にみられる。「スポーツはどうでもいいことのうち、一番素敵なものである」と言われてきた。「スポ―ツは『どうでもいいこと』、『二の次なこと』ではないのだ」ということを認めさせる闘いであったし、現在も続いている。それは健康のため、クオリティ・オブ・ライフのため、またインクルージョン・インテグレーションのためである。 ドイツは連邦国家であり、国と州の管轄分野が分けられている。国はすべての州にまたがる分野、国という立場で行う分野が管轄範囲であり、それは例えば外交、防衛等である。教育と文化は州が管轄する分野で、スポーツも州の管轄である。スポーツ分野において、連邦(連邦内務省)が管轄するのはオリンピック、世界選手権、ヨーロッパ選手権、ドイツ選手権等、いわゆる国を代表するスポーツの振興のみである。連邦州については、16あるためスポーツ振興の政策や内容、予算はそれぞれであるが、各州のスポーツ担当大臣が集う連絡協議会(Sportministerkonferenz)で調整されている。
ヘッセン州では、州政治の基本を決める州憲法の改定のための国民投票が2018年10月28日に行われた。ヘッセン州において、スポーツはすでに2002年から62a条(注1 で州の目的として州憲法内に位置付けられている。今回の州憲法改定では、26条(注2 の州の目的が再定義され、スポーツはそのうち26g条として新たに組み込まれることが提案された。提案された26g条文案は、「スポーツは州、地方自治体、自治体連合により保護・振興される」である。同じく決議にかけられた26f条は「自由意志に基づく無償の公益活動は州、自治体、自治体連合により保護・振興される」と提案された。スポーツはボランティアの活動によって支えられているのであり、これも重要な条項である。憲法に州行政の目的と謳われることにより、州と自治体はスポーツを行政の一部として扱う義務が生じるのである。 10月28日、州議会選挙と抱合せで行われた国民投票の投票率は67.1%であった。スポーツ振興に関する条項26g賛成は87.8%であった。こうしてスポーツ振興は行政の役割として位置付けはされたが、同じヘッセン州にある私が住む町、メアフェルデン-ヴァルドルフ(Mörfelden-Walldorf)の市長が次の通りコメントしてくれた。「自治体がスポーツ振興として何をするかは規定されていない。自治体の財政が厳しい昨今では、スポーツ振興はスポーツ界が望むようにはなかなか実現されないだろう。現在スポーツ施設の老朽化が問題になっているが、この整備は州、自治体にとって大きな挑戦である。」メアフェルデン-ヴァルドルフには、近く改定される予定のスポーツ振興基本方針がある。
前回、DOSBは毎年「議会の夕べ」を開催すると述べた。ドイツのスポーツを統括する団体として、政治との情報交換、意思の疎通を図ることが目的である。2018年はベルリンで行われた。スポーツに関係する連邦議会議員、特に議会のスポーツ委員会に属する議員、スポーツ所管省庁の官僚が招待され、スポーツの専門家やゲストが互いに縛れることのない場で交流を図る。今回は競技スポーツ助成の改革が中心的テーマであった。会が始まる前には、ロシアで行われていたサッカーワールドカップのドイツ対韓国の試合を、スナックをつまみながら観るという催しも企画された。ドイツでこのような「議会の夕べ」を開催するのはスポーツ界だけではない。他のいろいろな業界の中央団体も同じ様に、政治家や行政との話し合いの場をもつ。
ドイツの連邦議会にはスポーツ委員会がある。1972年ミュンヘンオリンピック大会と1974年のサッカーワールドカップ準備のため「スポーツ特別委員会」として1969年に設置された。管轄する分野は連邦内務省のそれと大体重なるが、活動内容の重点は、議会の任期や現在問題となっている内容によって変わる。トップ競技スポーツの強化、スポーツ科学、スポーツと健康の相互関係、スポーツと環境が中心的テーマである。委員は18名で、連邦議会内で最小の委員会である。委員を務める元トップアスリートは一人である。2013年から今日までの任期で扱われた具体的なテーマは以下の通りである。
先般のサッカーワールドカップでのドイツ代表チームのトルコ系選手の言動で、ドイツではスポーツにおけるインテグレーションが一部疑問視されるようになった。メスト・エジル選手がワールドカップ直前に、トルコのエルドアン大統領と笑顔で会見した写真がメディアで報道された。
2018年9月26日と12月22日付けのドイツ紙ビルト(Bildzeitung) ※筆者撮影
「ドイツ代表チームの一員でありながら、ドイツでは独裁者として批判的に見られているトルコ大統領に面会するということは常識はずれで、選挙に利用されただけだ」という批判に対し、エジル選手は人種差別を理由にドイツ代表を降りた。代表監督とマネージャーが所属チームのあるイギリスまで説得に行ったが、翻意しなかった。
スポーツがインクルージョンの優れた手段であると、スポーツクラブは移民の背景のある人たちや避難民を受け入れているが、スポーツが社会の構成要素として定着するのは、一筋縄ではいかない。スポーツと政治の関係は複雑である。
(注1 ヘッセン州憲法62a条
「スポーツは、国、地方自治体、自治体連合により保護・ケアされる。」
(注2 ヘッセン州憲法26条
「これらの基本的権利は不変であり、立法府(州議会)、裁判官及び行政を直接拘束する。」
DOSBウェブサイト、「Sportentwicklungsbericht 2015/2016」
(https://www.dosb.de/sportentwicklung/sportentwicklungsbericht/)
ヘッセン州ウェブサイト、「15 Entscheidungen für Hessens Verfassung」
(https://www.verfassung-hessen.de/volksabstimmung)
レポート執筆者
高橋 範子
Special Advisor, Sasakawa Sports Foundation