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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

トロント市におけるスポーツ都市計画

2018.02.07

トロント市におけるスポーツ都市計画

トロント市は、約273万人の人口を抱えるカナダ最大の都市であり、その人口規模は北米において4番目とされる。また、多くの観光客が訪れる観光都市であることから、さまざまなイベントが展開されており、年間5,000を超える文化・スポーツイベントが開催(主催、共催あるいは協賛など)されている。本稿では、トロント市経済・文化振興課に配置されているイベントサポート部門へのヒアリング調査をもとに「スポーツイベントの誘致・開催の仕組み」および「地域のスポーツ振興」を中心としたスポーツ都市計画を紹介する。

スポーツ都市計画の策定プロセス

トロント市は7つのプロスポーツチームを抱え、大小さまざまなスポーツイベントが開催されているが、スポーツを通じた地域の活性化を戦略的に行い始めたのは、2015年に同市で開催されたPan American Games 2015(以下、パンナム・ゲームズ:4年に一度開かれる南北アメリカの総合スポーツイベント)の後であった。同大会のレガシーとして「City of Toronto Sport Plan 5カ年計画」が策定され、2016年6月に同市議会によって承認された。本計画の策定には1年半を要しており、住民やスポーツ団体・同市の他部門への聞き取り調査1)、専門家のアドバイス、文献調査などを通じて地域の実情に合った計画が立てられている。

City of Toronto Sport Plan

スポーツイベントの誘致・開催の仕組み

トロント市のイベント開催形式の種類は、①イベントを主催または招致して運営する、②運営をサポートする、の2つに大別される。それぞれの開催形式に合わせて事業形態を変えており、②の開催パターンについては、さらに3つの事業モデルに分けられる。ひとつめが、そのイベントのための事務局を設置し、スタッフを配置した上で費用を計上してそのイベント運営を包括的にサポートする形態。2つめは、運営主体は外部の団体・組織が担当するが、5~30人程度の範囲でイベントのためのアドバイザリーボードを置きイベント運営のアドバイスを行ったり、補助金を支給しイベント運営にあたって必要なサービス(たとえば交通許可や危機管理体制の整備、撮影や施設の使用許可等)を提供する。3つめの形態が、アドバイザリーボードを設置しない形で、市の担当部署が直接イベント主催者へアドバイスやコンサルティング、イベント開催に必要なサービスを提供する。イベントに対する投資(補助)金額は、2016年度で140万カナダドル(1億2,600万円)で、2017年度は220万カナダドル(1億9,800万円)まで上昇している。イベントの開催や招致にあたっては複数の基準(Criteria)を設けており、以下の4つが主な点として挙げられ、同市の方針とも併せた総合的な判断を行っている。

イベント開催/招致に関する基準(Criteria)

  1. 国際的なスポーツイベントを優先する
  2. 市が積極的に運営に関与できる
  3. 費用対効果(経済効果や都市ブランディング)が見込める
  4. パンナム・ゲームズのレガシー(施設やノウハウ)を活用できる

地域のスポーツ振興

地域スポーツの振興には以下の通り、3つのPillar(柱)がある。

  • Pillar 1. キャパシティビルディング(プラットフォーム・データベースの構築)
  • Pillar 2. 利用者へのプロモーション
  • Pillar 3. だれでもスポーツに参加できる仕組みづくり

Pillar 1. の「キャパシティビルディング」とは、組織の基礎的な体力や基盤を構築することを指し、このステップでは、地域内の各種ステークホルダー(組織、寄付者、民間セクター、地域スポーツ団体等)との連携を強化することが目的となる。具体的には、同市に存在するスポーツ団体の存在を特定してオンラインに登録し、地域内のスポーツに関する需給バランスを把握したり、外部識者を取り入れた専門家集団を形成し、スポーツプランの実施状況に関する助言組織を形成する。また、定期的にスポーツサミット(会議)を開催して各種ステークホルダーとの意見交換・交流の場を設けることなどが該当する。

Pillar 2. の「利用者へのプロモーション」についは、市の他部門とも連携したプロモーション活動や、デジタルプラットフォームを通じたボランティア活動および生涯スポーツの推進を通じて、地域のスポーツ振興を普及していく段階にあたる。また、将来的には市内に存在するスポーツ施設や使用時間帯などが一元管理できるOne-stopプラットフォームを構築して、市民のスポーツ参加の利便性を高めることを目指す。

Pillar 3. については、多様性(ダイバーシティ)を重視するカナダの特徴でもあるが、スポーツ施設やサービスを低所得者や障がい者、女性や子供、マイノリティの人々を含め誰にでも安全に開かれたものにするためのガイドブックを作成したり、スポーツ指導の許可証を取得する機会を市が提供したりすることなどが該当する。取得した許可証の活用機会として、YMCA (Young Men’s Christian Association) や教育委員会とも連携し、実際に年間8,000人程度を非常勤職員として採用し、許可証取得者に対して活動の場を提供している。

コーチ育成システム2)(Let’s Get Coaching!)

地域スポーツ振興の一環として、トロント市はコーチ育成システムにも力を入れている。本システムでは、25競技のスポーツ指導と基礎動作(Fundamental Movement)を習得させるプログラムが展開されており、2016年実績では46,000のレクチャー(事前登録制)に対して30万人が参加した。また、4,000の運動プログラム(事前登録必要なし)を25万時間以上展開し、それらプログラムへの参加者は400万人に上った。本プログラムの特徴としては、上述したように単にプログラムを展開することにとどまらず、市が許可証を発行し、雇用機会を多様な人々に対して提供している点にある。また、本システムにおける指導方針として、6~9歳を中心とした幼少世代に特に着目し、彼らのPhysical Literacy(フィジカルリテラシー)3)を高めることで、身体活動における基礎的能力を向上させ、生涯スポーツに繋げることを重要な柱のひとつとして掲げている。

まとめ

トロント市におけるスポーツ都市計画の特徴としては、徹底したリサーチを通じてコミュニティが抱える問題を詳細に把握し、マイノリティを含め多様な住民に配慮した計画を立てる企画立案力にあるだろう。本計画は、2015年に開催されたパンナム・ゲームズのレガシープロジェクトとして策定されたばかりの計画であり、今後の展開を見守る必要があるが、メガスポーツイベント開催後のレガシーが課題となるわが国にとっては、参考となるモデルのひとつである。興味のある方は、参考文献欄に全文を入手できるアドレスを記載したので参照されたい。

注1)計画立案のワーキンググループは、24名+専門家で構成され、調査については各種ステークホルダーから132名(123組織から)、地域スポーツ団体136名(60団体から)、546名の地域住民、マイノリティに属する人々120名(77組織から)、そして同市の公園・レクリエーション部門の職員286名を対象にインタビュー調査が行われた。

注2)ここで述べるコーチ育成システムは、エリートレベルではなくコミュニティレベルのコーチ育成システムを指す。

注3)Physical Literacy(フィジカルリテラシー)とは、「生涯にわたって身体活動を行うにあたって重要な動機、自信、身体能力、知識や理解」とされており(The International Physical Literacy Association, 2014)、カナダにおけるスポーツ指導では特に重要な概念とされている。

文中、1CAD=約90円で換算

参考文献

City of Toronto Sport Plan. Available from
https://www.toronto.ca/legdocs/mmis/2017/cd/bgrd/backgroundfile-106426.pdf

Physical Literacy Homepage. Available from
http://physicalliteracy.ca/physical-literacy/

レポート執筆者

押見 大地

押見 大地

Visiting Scholar, School of Human Kinetics, University of Ottawa
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation