2015.02.19
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2015.02.19
オーストラリアでは、2000年代以降、子どもの運動不足・肥満に起因した生活習慣病の危険性の高まりと、エリート選手育成のためには草の根レベルのスポーツ振興を図る必要があるという認識が高まったことを受け、連邦政府は子どもを対象としたスポーツプログラムを積極的に展開するようになった。その顕著な例として挙げられるのが、「Active After-school Communities(以下、AASC)」プログラムだ。AASCは小学生を対象とし、放課後の時間帯にコーチのついたスポーツ活動や運動に無料で参加できるというものである。連邦政府のスポーツ政策を担う組織「オーストラリア・スポーツコミッション(Australian Sports Commission: 以下ASC)」が主体となって2004年からAASCに着手し、州・準州政府の関係機関やスポーツ団体と協力しながら全国の小学校や学童保育サービス機関でAASCプログラムを展開してきた。AASCは、子どもの運動習慣・運動能力向上に貢献するとともに、地域スポーツクラブへのジュニア入会促進にもつながっており、海外からも注目されるプログラムに成長した。国際オリンピック委員会(以下、IOC)のウェブサイトやSport for All関連資料でもその内容が紹介されている。AASCは2014年に10周年を迎えた。そこで本稿では、AASCがどのように発展してきたのか過去10年間を振り返るとともに、AASCの活動を礎として2015年1月から新たに導入された子ども向けスポーツプログラムを紹介する。
2004年6月、当時のジョン・ハワード首相がAASCプログラムの導入を発表した。その背景には、全国の子どもの約20~25%が肥満・太り過ぎでその数値が80年代以降増加傾向にあり、一方、有酸素運動をする子どもが急速に減少してきているという状況があった。18歳以下の約150万人の青少年・子どもが肥満・太り過ぎと見積もられ、2型糖尿病や心疾患、脳卒中といった予防できる生活習慣病に多くの人がかかる危険があった。また、約40%の子どもは授業以外の時間に組織的なスポーツ・運動に参加していなかったことも明らかになった。このように小児肥満の問題が深刻化してきた状況を改善するため、連邦政府は学校のカリキュラムや食生活、運動に関するプログラムをパッケージ化した取り組み「Building a Healthy, Active Australia」を掲げ、その中核にAASCプログラムを位置づけた。
AASCは、小学校の放課後の時間帯である午後3時から5時半の間に、学童年齢の子どもにさまざまなスポーツや運動をする機会を無料で提供するというものである。提供場所は小学校や認定学童保育サービス機関(approved out of school hours care services)であり、コーチがいる環境で子どもたちが安全に楽しく組織的なスポーツ・運動を行うことができる。コーチは学校の先生やスポーツクラブのコーチ、高校・大学の学生、地域の人たちなどで、あらかじめAASCのコーチトレーニングプログラムを受講・修了して認定された人たちである。AASCプログラムは、子どもの運動習慣・運動能力を高めること、子どもにスポーツする機会を提供すること、プログラムを通じて子どもの自信や自尊心を育てること、そして地域の人たちがコーチとして関わることによって地域社会を発展させることを目指している。
2004年6月のAASCプログラム着手の首相発表を受け、新年度にあたる2004年7月1日からASCが州・準州政府関係機関などとプログラム導入の準備を進めた。AASCの4年間の予算として9,000万豪ドル(当時、約72億円)が連邦政府から拠出された。2005年1学期に19の小学校と学童保育サービス機関で試験導入され、その後、2005年2学期から全国897の小学校・学童保育サービスでAASCプログラムが正式導入された。地方やへき地の子どもたちもAASCプログラムに参加できるよう働きかけを行い、プログラムが始まった2005年時点で地方の127機関・へき地の20機関(小学校・学童保育サービス)でもAASCプログラムが提供された。
到達目標として、全国3,250の学校・学童保育サービスで15万人以上の子どもがAASCプログラムに参加することを掲げ、提供拡大を進めた。2006年2学期終了時には、1,787の機関で実施、約9万人の子どもが参加した。2007年の同時期には、実施機関は2,888ヵ所、約14万人の子どもが参加するようになり、急速に拡大した。また、AASCのコーチとしてプログラム実施に関わるために、1万9,000人がAASCコーチトレーニングを受講・修了した。実施機関(小学校・学童保育サービス)・子ども・親・コーチを対象とした調査でもAASCプログラムに対する満足度は高く、こうしたAASCの取り組みと成果が認められて、ASCは2006年11月に首相から公共部門マネジメント優秀賞(Excellence in Public Sector Management)賞を受けた。以下のグラフは、年度末時点の実施機関数の推移を表したものである。導入から3年間で急速に実施機関が増えたことがわかる。
(出典:ASC Annual Reports 2004-2014を参考に作成)
2007年5月に発表された連邦政府予算で、2010年12月までAASCプログラムを継続することと、そのために1億2,440万豪ドル(当時、約99.5億円)を拠出することが発表された。2008年2学期終了時には、AASCプログラム実施機関数が3,172に増加し、15万人近くの子どもがAASCに参加、コーチトレーニングプログラム修了者は2万6,000人にのぼった。2009年には3,387の実施機関で15万人の子どもがAASCプログラムに参加し、当初の目標数値(3,250か所で15万人の子どもが参加)を達成した。AASCプログラムを実施する学校や学童保育サービスには政府から助成金がつくが、実施機関増大に伴って助成金の合計金額も増え、2009年に実施機関が受け取った助成金は計2,010万豪ドル(当時、約16億円)であった。AASCプログラム実施を希望する学校・認定学童保育サービスが増え、キャンセル待ちも出てくるようになった。
子どもたちの運動不足解消という目的に対しては、調査に回答した子どもの88%がAASCに参加する前はほとんど運動をしていなかったこと、AASCプログラムの拡大によって子どもたちの組織的なスポーツ・運動をする時間の平均が週1.5時間から2.9時間に増えたことが調査で明らかになった。
AASCが子どもの運動不足解消や運動能力向上に一定の成果をあげたことで、ASCは焦点をスポーツ実践と地域スポーツクラブ入会へと移し、各競技の中央競技団体(National Sport Organization:以下、NSO)と連携してさまざまな取り組みをAASCプログラムの一環として行った。2009年は全国糖尿病協会(Diabetes Australia)と提携してTurning to Sport for Good Healthキャンペーンを展開し、体操競技連盟(Gymnastics Australia)とASCが共同で開発した音楽ダンスビデオなどのリソースキットを学校に配布した。2010年には、州政府関係機関の協力を得てクラブスポーツへの参加を推進する「Play for Life ... join a sporting club」キャンペーンを展開し、地域のスポーツクラブを紹介するイベントを全国で開催した。また、地域スポーツクラブとの連携を強化するため、AASCコーチトレーニングプログラムの受講を地域スポーツクラブ関係者に勧めるとともに、オンライン受講システムを導入した。その結果、AASCセッションを提供したコーチのうち、地域のスポーツクラブ関係者が占める割合は、2011年度の33%から2012年度には42%に増え、AASCプログラムにスポーツクラブのコーチが関与することによって小学校・学童保育サービスとスポーツクラブの間に多数のつながりが構築された。このような取り組みによってスポーツクラブへのジュニア入会者が増え、その具体例としてゴルフ・野球・バスケットボールのクラブの事例がASCの年度報告書に報告されている。さらに、ASCはオーストラリアオリンピック委員会(Australian Olympic Committee)やオーストラリアパラリンピック委員会(Australian Paralympic Committee)と連携し、2008年の北京大会・2012年ロンドン大会時にそれぞれキャンペーンを展開した。2008年は北京までの道のりをAASCプログラムの運動で歩数換算して疑似体験するイベントが開催され、2012年にはジュリア・ギラード首相が率いるオリンピック・パラリンピックチャレンジ(Prime Minister's Olympic Challenge and Prime Minister's Paralympic Challenge)キャンペーンで子どもたちのスポーツ参加推進が進められた。また、2013年度には、AASCアンバサダーキャンペーンとしてオリンピック選手がAASC実施機関を訪問し、子どもたちに選手の体験談を伝える機会が提供された。AASCプログラムへの連邦政府予算は2013-14年度まで延長された。AASCプログラムの内容や関連するイベントはメディアやウェブサイト、SNSを活用して国内外に伝えられた。
連邦政府のスポーツ政策の取り組みの一つとして導入されたAASCプログラムは、毎年、成果目標の設定と達成度が吟味されてきた。実施機関数やプログラムに参加した子どもの数といった数値目標の達成だけでなく、実施機関・子ども・親・コーチを対象とした毎年の調査により満足度や現状が確認され、評価報告書にまとめられた。運営・財政面については監査によるチェックが行われ、効率的なマネジメントのための見直しが行われた。こうしたパフォーマンス評価と連邦政府におけるスポーツ政策の方向性によって決まる予算配分によって、AASCプログラムの実施期間の延長が決められてきた。
AASCは2014年に10周年を迎え、2015年1月からはAASCに代わって新しい子ども向けプログラム「Sporting Schools」が導入されることになった。2014-15年度の連邦政府予算に、新プログラム導入とそのための予算として2年半で1億豪ドル(約90億円)が拠出されることが発表された。
Sporting SchoolsはAASCプログラムの成果を踏まえ、NSOの協力を得て小学校で実施されるスポーツプログラムである。AASCプログラムには2014年時点で約3,400の実施機関で19万人の子どもが参加したが、Sporting Schools プログラムは5,000以上の小学校、85万人の子どもを対象とし、授業中やその前後に校庭を使って各種スポーツプログラムを提供していく。また、Sporting Schoolsプログラムは、スポーツと学校を密接に連携させ、これまで以上に質の高いスポーツ活動を子どもたちに提供することを目指している。
AASCは、当初は子どもの健康問題に対応するための運動不足解消・運動能力の向上や地域社会の関与に重点が置かれていたが、次第に競技スポーツへのpathway(道すじ)の面が強調されるようになった。競技力向上のためには草の根のスポーツ参加、特に子どもや若者のスポーツ実施状況を改善していくことが重要であるとの認識が2000年代に高まり、スポーツ政策の全体的な見直しが行われ、2010年に「Australian Sport: Pathway to Success」という政策が発表されたが、このこととAASCの変遷は一致しているといえる。
子どもを対象としたスポーツプログラムは、スポーツ政策だけでなく教育政策もかかわってくる。オーストラリアでは、歴史的に学校教育は州・準州政府に委ねられ制度も異なっていたが、近年は全国統一教育カリキュラムの開発が進められている。科目分野ごとに開発・導入時期が異なるが、スポーツ・運動・健康関連の統一カリキュラムは2015年1月現在、最後の承認待ちで教育機関での導入は可能というステータスになっている。新プログラム「Sporting Schools」の導入はこのような教育政策とも関係していると考えられるだろう。
※現在のレートは1豪ドル=90円で換算
レポート執筆者
本間 恵子
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation
(2015年4月より、日本から情報発信)