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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

スポーツアカデミー2018 第3回

「運動部活動の現状と課題 ~中高生のスポーツ環境の維持・改善に向けて~」

早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 中澤 篤史 氏

早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 中澤 篤史 氏

第3回スポーツアカデミーが10月5日開催されました。
今回は早稲田大学スポーツ科学学術院准教授の中澤 篤史 氏にご講義いただきました。

主な講義内容

長時間練習や顧問による暴力・暴言、教員の負担増など、部活動の問題は長らく議論されながら、いまだ解決には程遠い状況が続いている。学校運動部活動研究に長年取り組んでいる早稲田大学の中澤准教授が、部活動のこれまでの経緯と現状、国の対応を踏まえつつ、今後の方向性を探る。

1.国際比較

(1)海外の目「アメイジング」と「クレイジー」
日本の部活動はたいへん盛んで、全国規模の大会も数多く開かれている。これを見た外国人からは「アメイジング」と称賛の声が上がる一方で、部活動で死亡事故が起きたり、顧問の暴力が原因で自殺者が出たり、あるいは長時間練習により親子で夕食をともにする時間が取れないなど、「クレイジー」という指摘も少なからずある。

(2)世界の中高生のスポーツ事情
中高生がスポーツをする環境は国によってさまざま。スカンジナビア諸国やドイツは地域のスポーツクラブが活動場所の中心となる。その他のヨーロッパ諸国、南北アメリカは学校と地域の両方型。学校型は中国、韓国、日本など東アジア諸国に多い。学校型でも中韓の場合は、特定のスポーツ校による部活動のため小規模であり、日本ほど大規模に部活動が行われている国はない。

米国カリフォルニア州の公立学校は、スポーツ施設が充実しており、コーチも多数存在する。こうした環境を実現するため、グラウンドの電光掲示板に広告を入れたり、生徒自身が部活動の一環としてチョコレート工場で働いたり、キャンディーを売ったりして活動資金を作っている。システムは素晴らしいが、エリート主義が進み、ドーピング問題などの弊害も起きている。

イギリスは経済難で公立校はなかなか施設を整えられず、複数の学校が公共のスポーツ施設をシェアしてスポーツ活動を行っているところもある。逆に私立の学校はスポーツ施設を充実させ、公立との差別化を図り、生徒を獲得しようとしている。経済格差が部活動にも影響を及ぼしている。全体として部活動はそれほど盛んではない。

アメリカの部活動はエリートの競技活動として位置づけられており、イギリスはレクリエーションとしての色合いが強い。これに対し、日本は生徒の教育、人間形成を部活動の主たる目的に掲げているのが特徴。

2.法制度と現状

(1)部活動の法的な位置づけ
日本国憲法や教育基本法などあらゆる法律において「部活動をしなさい」という規定はない。学習指導要領には「生徒の自主的、自発的に行われる部活動」と明記されている。

(2)現状
部活動は自主的な活動と位置付けられながら、中学生の9割、高校生の7割が部活動に加入している。すべての生徒に部活動の加入を求めている中学校が全体の3割を占める。また、中学校の9割がすべての教員に部活動の顧問になるよう求めている。
にもかかわらず、多くの生徒が学業と部活動の両立など、部活動に悩みを抱えている。また、教師の9割が、思うような指導ができない、心身の疲労や休息不足などの悩みを抱えている。

3.重要課題

(1)生徒の生命を守る
1983年から2016年までの34年間で121人が学校柔道で死亡した。初心者である中学1年生、高校1年生の事故が多い。春を乗り越えても、夏に熱中症になるケースもある。12年がピークとなって危機意識が高まり、以後数年は死亡事故ゼロとなったが15、16年と再び死亡事故が起きた。

顧問教員による暴力問題も根絶の対象となる。2012年に大阪市立桜宮高でバスケットボール部顧問の暴力により生徒が自殺に追い込まれたケースでは、顧問が刑事事件で起訴され、暴行罪と傷害罪で有罪判決が下された。こうした事件は民事訴訟で終わることが多く、刑事事件で有罪判決が下ったことで、風穴があいたと言える。

(2)教師の生活を守る
OECDの調査によると、日本の教員の労働時間は世界34カ国の中で最も長い。部活動に要する時間は世界の3.5倍で、部活動が教員の生活、労働環境を圧迫していると言える。中学校運動部顧問の時間外勤務は、厚生労働省が公表している過労死ラインを上回っている。

法律では教師の時間外勤務は原則禁止されているにも関わらず、朝練や土日の練習・試合など時間外勤務は常態化している。こうした状況に教師から悲鳴が上がり、訴訟が起きた。しかし裁判では、時間外勤務は違法だとする教師の主張は認められなかった。その理由は「校長は時間外勤務を指示していない、教師が自主的にやっている」というものだった。

4.政策動向

(1)国の政策動向
国は部活動の現状を問題視し、18年3月に部活動に関するガイドラインを作成した。スポーツ庁が示したガイドラインでは、休養日を週2日とる、平日の活動時間は1日2時間などの指針を示した。自民党のスポーツ立国調査会は、部活動と地域スポーツの一体化を提言した。

(2)各地の取り組み
部活動問題を改善するため、東京都は部活動の設置・運営を命じるルールをつくった。神奈川県はインストラクターを導入し、部活動の指導を外部指導員に移行しようとしている。大阪市は外部委託、民間委託を目指し、静岡県磐田市は学校の枠を超えた部活動、岐阜県では保護者が積極的にかかわる部活動など、各地で部活動の負担を減らそうという動きが増えている。長野県では朝練の禁止、新潟県加茂市では夏休みの部活動禁止などの政策が打ち出された。これらの政策はいずれも財源や実効性に問題が残り、現場でも賛否が分かれている。

質疑応答

Q.(フロア)内申書(調査書)に部活での活動は影響するのか。
A.

(講師)実態はあまり明らかになっていないが、調査書の「その他」の欄に部活動のことを書く慣習はある。ただし、調査書で重視されるのは、あくまで教科の内申点。例外的に、スポーツ推薦など、特別な入試形態では部活動での競技成績が評価される。

Q.(フロア)部活動といっても、優秀な成績を収めるハードな学校とそうでない学校がある。部活の見方も強豪校と普通の学校で違ってくるのではないか。
A.

(講師)仰る通り。強豪校の部活をめざす生徒や保護者は、小中学校段階でどこの高校に入ろうか、そうすればプロや大学につながると考えていたりする。
一般受験者にとっても部活は進学先を選ぶ理由になっていて、東京都の高校の部活動を紹介する本などが出版されている。
保護者も勉強だけでなく部活にも期待があるが、行き過ぎるとバランスが悪くなるので、進学の際はその学校がどのような部活動をしているのかをチェックしてほしい。

Q.(フロア)部活動の暴力事件はいまだにある。できるだけ早く、(暴力・叱責で生徒を律するような)昭和型の教育ではなく、自分で考えることのできる人間をスポーツを通して教育する方法を全国に伝えるためのアイデアはないのか。
A.

(講師)問題を起こした(暴力事件を起こした)教師は即追放する。これは、いますぐできる対処法。一方で、桜宮事件の13年以降は目に見えて、あからさまな暴力は激減した。一方で、殴らない代わりに暴言が増えた。だから広義のバイオレンスは相変わらず続いている。「スポーツは楽しいはずなのに嫌がらせされるなんてどういうことだ、おかしい」という声を上げていくべき。即効性はないかもしれないが、そうした積み重ねが状況の改善につながっていくと思う。

スポーツアカデミーの様子