2015年度の第4回スポーツアカデミーが8月7日に開催されました。
今回は、「国際スポーツ社会と日本の将来」と題して、現在、国際競技連盟(International Federation:IF)にて事務総長や理事としてご活躍されている4氏に、直近の国際スポーツ社会の動向や日本のスポーツ界がとるべき方向性、国際人材に求められる資質などについてパネルディスカッションを通じてお話しいただきました。
当日は、冒頭、コーディネーターの師岡氏による直近の国際スポーツ社会の動向についての報告が行われ、その後、パネリストによるディスカッションが行われました。
(以下は、各登壇者の当日の発言を要約したものです。)
パネリスト
- 井沢 敬 氏(国際合気道連盟 事務総長)
- 佐藤 征夫 氏(国際剣道連盟 事務総長)
- 吉澤 俊治 氏(世界水中スポーツ連盟理事、日本ワールドゲームズ協会:JWGA執行理事)
コーディネーター
- 師岡 文男 氏(SportAccord 前理事、国際ワールドゲームズ協会:IWGA理事、世界フライングディスク連盟理事、JWGA執行理事、上智大学教授)
コーディネーターの師岡 氏と3名のパネリスト
師岡 私はもともとフライングディスクをワールドゲームズ(World Games:WG)の公式種目にする活動を始め、その流れで1994年にスポーツアコード(SportAccord:SA)の総会に参加した。その際、日本人の出席者は私だけで、各IFのトップは外国人ばかりが務めている現状を目の当たりにした。これでは日本に国際スポーツ社会に関する生の情報が入ってこないし、遅れをとってしまうと痛感した。日本のスポーツの普及・発展のためにも、日本人がもっとIFに入ることが必要だとの思いを強くした体験だった。それがきっかけとなり、21年間連続でSAとIWGAの総会に出席し続け、人間関係を築いて2009~2011年SA理事、2014年からはIWGA理事という日本人初の職務を務めている。また、2001年にはWGを秋田に招致した。
世界にはさまざまなスポーツ団体がある。SAは1967年にGAISF(General Association of International Sports Federations)として発足した、国際オリンピック委員会(IOC)承認の世界最大規模の国際スポーツ組織である。3大陸40カ国以上(冬季競技は2大陸25カ国以上)に協会をもつ92のIFと、WG、パラリンピック、ワールドマスターズゲームズ、ユニバーシアード、スペシャルオリンピックスなどの国際総合競技大会主催者など17の国際スポーツ関係団体、合わせて109の国際団体により構成されている。その目的は、スポーツの普及、オリンピックムーブメントの推進、アンチ・ドーピングの徹底、加盟団体間の情報共有、協力協調である。なかでも特徴的なのは、非IOC承認競技協会(Alliance of Independent Recognised Members of Sport:AIMS)と呼ばれる組織を傘下に置いていることで、IOCの承認を受けていない23の競技団体によって構成されている。興味深いのは、AIMS加盟団体のすべてがIOCに加盟したいと思っているわけではなく、それぞれがSA加盟の独立したメンバーであるという意識を有している点である。
これまでは、SAは世界中のあらゆるスポーツ団体が加盟している組織として非常に有効に機能していた。近年、SAが国際スポーツコンベンションの開催だけでなく、ワールドコンバットゲームズ(格闘技・武道15競技による国際総合競技大会:以下、コンバットゲームズ)やワールドマインドゲームズ(ブリッジ・チェス・囲碁などの知力を競うスポーツの総合大会)などのイベントを開催し、さらに新たにワールドビーチゲームズ、ワールドアーバンゲームズを企画したことなどにより、IOCとの関係が複雑化した。これらの大会は国際柔道連盟会長のマリウス・ビゼール氏が2013年にSAの会長になってから積極的に推進された。
2015年4月にSAの総会がソチで開かれ、会の冒頭においてビゼール会長がゲストであるトーマス・バッハIOC会長の前で、公然とIOC批判演説を行ったことが大きな問題となった。ビゼール会長の主張はオリンピックにおけるIFの待遇改善を主としたものだったが、IOCから援助を受けている多くのSA加盟IF・団体はビゼール会長の主張を支持せず、退会が相次いだため最終的には会長を辞任せざるを得なくなった。ビゼール氏の辞任後、SA執行部は、多様なスポーツ団体の情報共有の場としての国際スポーツコンベンションを開催するSAの役割は維持しつつ、競技大会系の事業は積極的には展開しないとの方向性を確認したと伝えられている。
先ほどお話ししたAIMSには、本日ご登壇いただいている井沢氏が事務総長を務める国際合気道連盟を始め、剣道や柔術といった日本発祥の武道、サンボやキックボクシングなどの格闘技系のIFが数多く加盟し、コンバットゲームズの動向を含むSAとIOCの関係の行方に注目している。そうした現状も踏まえながら、井沢氏から順に登壇者に発言いただきたい。
井沢 敬 氏
井沢 もともとは個人やクラブ的な組織で楽しんでいたスポーツは徐々に組織化され、オリンピックムーブメントを中心に発展してきた。国家的な枠組みの中にはまり、IOCの承認を受けないと、それぞれの国でも認知されにくく、活動に支障をきたすという事態も生まれてきた。欧州ではIOCの承認を得ることで、公共施設が低料金で使えたり、国の財政的支援が受けられたりするといった事例も耳にする。
合気道は1984年にGAISFに加盟した。SAがコンバットゲームズを2010年(北京)、2013年(サンクトペテルブルク)と開催し、日本発祥の武道や国際的な格闘技の団体によって15種目の競技が行われた。われわれにとって初めての国際的な晴れ舞台を、SAがリーダーシップをとって作ってくれたという認識が強い。また、合気道の世界が、ひとつの大会を目指して団結を強めたという思いもある。引き続きコンバットゲームズには参加していきたい。その点で、2017年の大会ホスト国であったペルーが、ビゼール前会長の辞任の件を受け、ホストを辞退したことは残念だ。IFができて、GAISF・SAに加盟しコンバットゲームズにも参加して、組織として認知度を高めてきたタイミングでのことということもある。
コンバットゲームズの全実施種目のうち、6種目が日本の武道(相撲、柔術、柔道、剣道、空手、合気道)であり、それが世界に打ち出していくインパクトは大きい。大会の規模も全参加者が2,000人くらいで、開催都市にとっては、将来的により大きな大会を開く足がかりにもできる。AIMSとして、このコンバットゲームズにどのように関わっていくか、またIOCがどのようなスタンスをとるかは、その点からも注視していかなければならない。
佐藤 国際剣道連盟は1970年に設立され、GAISFには2006年に加盟した。冒頭の師岡先生のお話にもあった通り、国際剣道連盟としてはオリンピック承認競技となることを今は目指すべきではないと考えている。審判の難しさや伝統の維持への懸念がその理由だ。一方で、コンバットゲームズは、日本の武道の素晴らしさや伝統を世界に認識してもらう絶好の機会ととらえている。多様な武道、格闘技の団体が同じ時を過ごしながら、大会は各競技のルール・運営方法が保たれるという点もユニークであり、互いに学ぶ機会としても重要だ。
こうした機会を活かして、日本の競技団体がいかにアクティブに国際スポーツ社会に進出していくべきかを考える必要がある。日本の伝統文化に基づく競技団体はその点をけん引できるのではないか。国際剣道連盟は会長、副会長4人のうちの1人および事務総長の私が日本人ということで、理事会の運営にかかる投票権18のうち7つを日本人がもつ。そういう意味では恵まれている。
日本オリンピック委員会(JOC)には約60の国内競技団体(National Federation:NF)が加盟しているが、事務局体制の基盤は団体によって大きな差がある。小さな団体では公益財団/社団法人としての組織運営を維持するだけでも大変で、国際対応となるとさらに難しい課題となる。JOCは各NFのガバナンスをサポートする支援センターを立ち上げたが、個人的には、そうした組織のガバナンスのサポートとともに、国際社会での日本のNFのプレゼンス向上の支援体制も重要と考える。実際の国際会議の場では、とにかく発言することが大事。通訳を介してでも、他の人と同じ発言内容でも良いから、とにかく発言する。そういうマインドを事務局だけではなく、組織の執行部ももつことが重要だ。
吉澤 俊治 氏
吉澤 アンチ・ドーピングの分野に携わる者としてのコメントを求められたが、とくに2015年から明確化されたポイントとしてお伝えしたいのは、ドーピング違反行為については競技者と同様にサポートスタッフの責任が厳格に求められるようになったこと、大会組織委員会による親権者からの同意書取得の必要年齢が18歳未満となった点である。基本的に日本においてはJOCと日本アンチ・ドーピング機構(JADA)の連携がよく取れているが、競技者を取り巻くサポートスタッフ等関係者の意識の向上は引き続き図っていく必要がある。WGのアンチ・ドーピングについては、もともとWGが発足した際、世界水中スポーツ連盟所属の医師であるカール・ハインツ・ケール氏と、当時の事務総長で医師でもあったピエール・ダルニエール氏が中心となってWGのアンチ・ドーピング体制を築いたという歴史がある。私自身はJWGAにおいて、WGに出場する日本の団体のアンチ・ドーピングの手伝いをさせていただいている。
水中スポーツはヨーロッパ発祥のスポーツであることから、そのIFの役員を務める経験上、井沢氏、佐藤氏とはまた少し違った視点をもっていると思う。世界水中スポーツ連盟の加盟国数は132で、20人の理事がいる。10ほどある水中スポーツの種目のうち、とくに有名なのはフィンスイミングで、オリンピックプログラム種目にすることが団体の大きなテーマとなっている。われわれの会長であるアンナ・アルツァノヴァ氏はIWGAの理事でもあり、IOC承認国際スポーツ連盟協会(Association of the IOC Recognised International Sports Federations:ARISF)の理事にも選ばれている。こうした理事等の選出プロセスをみると、ヨーロッパ人の集票の巧みさに感心させられる。自分たちの団体の活動実態や方針を対外的にきちんと見せ、アピールすべき点をしっかりアピールできる。
今の動きとしてわれわれが注目しているのは、アジア地域でいうなら、東南アジア競技大会(South East Asian Games:SEA Games)や、東アジア競技大会(East Asian Games)といった地域大会で、同様の大会はヨーロッパでも行われている。また、これまでアジア競技大会(通称「アジア大会」)がありながら、ヨーロッパ競技大会はなかったことから、今年、初のヨーロッパ競技大会がアゼルバイジャンのバクーで開かれた。フィンスイミングはデモンストレーション競技として実施されたが、こうした地域大会も含め、アピールする機会を重視していきたい。
国際スポーツ社会における人材というテーマでいえば、私は2009年に世界水中スポーツ連盟の理事に立候補したが、票を獲得するにはやはり信頼関係が大事だと痛感した。英語などの言語がうまければ良いというわけでもなく、会う回数を重ねて友人関係を築き、個々の信頼を得ることが基本であると感じた。理事選などで困るのは対立する2者から投票を依頼された場合だが、自分は原則として断るときははっきりと断る。たとえば、自分たちの競技をオリンピックプログラム種目にしたいという大義があれば、その大義に基づいて断るべきを断り、あいまいな態度はとらない。断られた相手も、こちらの大義と真摯さを理解すれば、選挙が終わった後も関係がぎくしゃくすることは少ない。選挙戦略としてはあまり賢くないかもしれないが、国際社会にいくと日本という国自体が得ている信頼を感じるため、それを損なわない態度はとり続けるべきと考えている。
師岡 2020年に向けては、国際スポーツ社会で活躍する人材の育成が課題であり、官民問わずさまざまな組織がそうした人材の輩出に注力し始めている。そういった点からも本日伺ったお話のすべてが示唆に富むものであった。最後にまとめのコメントをいただきたい。
井沢 30年以上、海外で生活してきたが、これまで海外で日本のイメージを作ってきた主なコンテンツには映画やアニメ、華道・茶道などの文化・芸術がある。日本の武道にある精神性や修練で得られる教育的価値も、西欧の騎士道文化とも重なる部分が多く、広く普及する可能性をもつコンテンツであると思われる。多くの関係者と協力しながら日本の武道を世界に発信していきたい
佐藤 征夫 氏
佐藤 今日のテーマは、日本のスポーツ界のみならず他の分野にも共通する部分とスポーツ界に特有の部分との両方がみられた。多くの分野に共通する世の中の情勢変化に、人口構成の変化と情報通信技術の発達によるネットワーク社会への対応の変化がある。これはスポーツ界、スポーツ組織にも当てはまる。また、いかに国際社会において日本のプレゼンスを高めるかということも共通の課題である。
一方で、スポーツ社会に特有の課題としては、アスリートのトップレベルからの引退時期が他分野と比べて早いことがある。たとえば、セカンドキャリア形成の一環として、引退後の数年、海外のスポーツ組織などで勤務経験を積ませるなどして、人材育成と国際人脈の構築の両方を得られるような施策が必要ではないか。また、そうした施策は競技の違いを超えて横断的に行われるべきと考える。
吉澤 日本人選手がオリンピックやワールドゲームズの舞台で、フェアに戦っているにも関わらず、国際スポーツ社会における日本や日本人のプレゼンスが十分でないために、不利な判定を下されるような事態はあってはならないと考えたのが、私がIFの理事選に立候補したきっかけだった。より多くの日本の競技団体の関係者が国際スポーツ社会に出て行き、多くの海外の関係者と信頼関係を築くことが出来れば、スポーツに限らず、日本や日本人の素晴らしさが伝えられる。それが結果として日本のスポーツの推進・普及にもつながっていくと信じている。
以上