2017年度第3回スポーツアカデミーが10月18日に開催されました。
今回はSSF海外研究員であるDavid Minton氏、鎌田 真光 氏にご講義いただきました。
【当日の概要報告】
※以下の報告は、当日資料と合わせてご覧ください。
主な講義内容
最新のテクノロジーやサービス、制度等がいかに人々のスポーツライフの充実に役立てられているか。イギリスとアメリカで行われている取り組みの現状を紹介する。
2017年度第3回スポーツアカデミーが10月18日に開催されました。
今回はSSF海外研究員であるDavid Minton氏、鎌田 真光 氏にご講義いただきました。
※以下の報告は、当日資料と合わせてご覧ください。
最新のテクノロジーやサービス、制度等がいかに人々のスポーツライフの充実に役立てられているか。イギリスとアメリカで行われている取り組みの現状を紹介する。
David Minton 氏
(1)フィットネスジム
英国のフィットネスジムの利用料は安いところで1か月20ポンド(約3,000円)程度。一方で「ブティックスタジオ」と呼ばれる高級ジムは、1レッスンで20ポンド、30ポンドかかるが、利用者は年々増加している。英国のフィットネス市場の市場価値は現在約47億ポンド(約7,050億円)だが、将来的にはこの10倍に達すると予想されている。
(2)フィットネス・インフルエンサー(世間に大きな影響を与える人)
自身のエクササイズ動画をWeb上にアップロードし、世界中の人たちが閲覧できるようにすることをビジネスとして成立させられるフィットネス・インフルエンサーとも呼べる人たちが出現している。
(3)オンデマンドフィットネス
一方、ジムに通わなくてもスマートフォンやタブレットなどで映像を見てフィットネスを楽しむサービス(On-demand fitness)も数多く存在する。サービスを受ける人が好きな時間に体を動かせる(レッスンを受けられる)のが強み。
(4)フィットネス・トラッカー
体に身に着けて歩数や心拍数、消費カロリー数などを計測するフィットネス・トラッカーも数多く販売されており、日進月歩の技術革新が進められている。今後も、この分野の進化は飛躍的に伸びると予想される。
(5)無料フィットネス・レッスン
ロンドンではナイキやリーボックといったスポーツアパレルブランドが店舗を使って無料で体験できるフィットネス・レッスンを提供している。ブランド側は消費者との関係づくりを目的としており、PR面での効果も期待できる。
(6)SNS
自身が代表を務めるLeisure DB社の調査では、フィットネス産業にもっとも貢献度の高かったSNSはFacebookという結果が出た。Twitter、インスタグラムがそれに続いた。それぞれのSNS上で商品やサービスを購入できるサービスも好調で、2016年は全体で33億ドル(約3,630億円)を売り上げたとの調査結果もある。
(7)グローバル・スイミング・アプリ「SwimIO」
英国の若者が、英国中のプールの位置やタイムテーブルを把握し、利用者が最寄りのプールに関する情報をスマートフォン上でいち早く入手できるというアプリを考案した。この「SwimIO」というアプリは、現在はアップルストアが展開する155カ国で配信されている。利用者個人の水泳履歴を記録したり、目標数値を設定したりするだけなく、アプリの利用者間で水泳履歴の比較なども出来る。
(8)AI(人工知能)
AIも生活のさまざまなシーンで我々をサポートしてくれている。すでに家の中や車の中での活動を飛躍的に便利にするサービスが提供されているが、これに加えて、AIが人々の運動量を管理し、適宜、適切な運動・スポーツを促すサービスも進化を続けている。
(9)ARM買収
ソフトバンクの孫正義氏は英国のARMを240億ポンド(約3兆3000億円=当時)で買収した。ARMは物体の加速度・傾き・方向などを計測するモーションセンサーを開発。現在、同センサーはスマートフォンなどのモバイル製品の95%に搭載されている。アイフォン6にはアイフォンヘルスというアプリで搭載されている。これにより孫氏は世界中の人たちがどのような運動、身体活動をしているかという情報を入手できることになる。
(10)Reserve with Google
Googleはフィットネス分野への進出に力を入れており「Reserve with Google」というサービスを米国(カリフォルニア州)で始めた。Googleは利用者の好みを把握したうえで、好みに合致した施設の場所・スケジュールといった情報を集めて利用者に提供。支払い機能もついており、より多くの人が気軽にスポーツを楽しむ機会の提供に一役買っている。
(11)ロンドン交通局(Transport for London:TfL)
ロンドン交通局は鉄道やバスの運行を管理し、その利用を推奨するだけでなく、サイクリングやウォーキングの環境整備を推進し、人々が体を動かすことをより楽しめるようにする取り組み「Healthy Streets for London」を始めた。2年間で10億ポンド(約1,500億円)を投入してサイクル・スーパー・ハイウェイ(路上に自転車専用レーンを設置し、自転車利用を推進する)を整備してサイクリング環境の改善を進め、地下鉄の路線図に、駅から駅の徒歩による所要時間を明記してウォーキングを促すなどを行っている。鉄道やバスの利用を減らすことで予算を節約し、運河や公園が見える魅力的な歩道を利用することを推奨している。
※文中 1ポンド=150円、1米ドル=110円換算
鎌田 真光 氏
日本人の死亡原因の3位が「身体活動の不足」。世界の死因の9%は身体活動不足の解消で予防が可能と言われている。
厚生労働省をはじめとするさまざまな(研究)機関の調査によると、スポーツをしている人の割合は増えているが、万歩計による歩数調査の結果は1990年代から比べると下がっている。
日本の現状を地域別にみると、公共交通機関の充実している(「駅密度」の高い)大都市部の住民は歩数が多く、車社会になりがちな地方の住民の歩数は少ない傾向にある。アメリカでも同様のデータが出されている。
こうしたデータからアクティブライフをよりよくデザインするためには、「体を動かすことは大事なので運動しましょう」「歩きましょう」などと働きかけるだけではなく、交通政策システムや都市計画といった環境面からのアプローチが不可欠である。
「歩きやすいまちづくり」を推進するアメリカで初となる「歩行者のための権利擁護団体」。1990年の設立で、都市計画の専門家が事務局長を務めている。
歩きやすいまちづくりには、たとえば道路の途中にゆるやかな段差を設けて、自動車がスピードを落とす仕掛けをつくることなどがあげられる。路上駐車帯も同じような役割をはたす。同団体は、無料のアドボカシー(権利擁護・政策提言)セミナーも開催し、Walkability(歩きやすさ)等に関する講義や、地域を変えたいと考える住民への「声の上げ方」アドバイスなどをおこなっている。
人口密度の低い地方では難しいテーマだが、地方には自然が豊か、住民同士が顔見知りなどの強みがある。徒歩通学は子どもの身体活動に大きな役割を果たすが、学校の統廃合などで徒歩通学が困難な場合はスクールバスを導入することになる。この場合でもスクールバスを学校から少し離れた場所に停めるなどして、子どもたちの身体活動を促すことは可能。実際にそのような取り組みで子どもの身体活動量を確保したケースは日米それぞれである。
人々の身体活動促進に取り組む専門家を認定して育てる資格認定制度。身体活動の必要性とそのインパクトを政策立案者に分かりやすく伝えることはもとより、歩きやすいまちづくり、公園の増加、アクセスの改善等を目指して、官民さまざまな立場の機関、個人と連携し、安全な地域づくりを進める専門家育成が制度の目的。
日本では島根県雲南市が「身体教育医学研究所うんなん」を設立し、身体活動の普及・促進の専門家集団として組織を成長させた例がある。ソーシャル・マーケティングや「口コミ戦略(口コミの核になる人を見つけ、その人の心に火をつけ、活動を支援したり協働したりする)」を展開するなど、地道な活動を通じて、住民の身体活動の普及に成功した。重要なのは、しっかり戦略を立てて、様々な立場・機関の人々と協働する(ともに汗をかく)こと。
英国では、Behavioural Insights Team(通称ナッジ・ユニット)が、2010年内閣府の下に発足し、「行動科学」の専門家が政策に貢献している(2014年から独立運営)。日本においても、スポーツ・身体活動推進のナッジ・ユニット(行動科学チーム)が必要ではないか。こうした中央機関と合わせて、「普及」を科学的に進められる人材の育成や各地で活躍出来る仕組みが、国を挙げた身体活動促進の鍵と考えられる。
行政・政策立案者視点での取り組み(Public sector/Government)に加えて、民間・ビジネス視点での取り組み(Private sector/Business)も重要である。「パ・リーグウォーク(by 日本プロ野球パシフィック・リーグ)」は、プロ野球ファンの運動不足を解消することを目指して開発されたスマートフォン・アプリ。パ・リーグの試合日に、対戦する2チームのファン同士が、その日の歩数をチームごとに合計して対戦チームのファンの合計歩数と競う仕組み。スマートフォンに内蔵される歩数計が歩数をカウントする。2016年4月にスタートし、これまでに4万5,000ダウンロードをマーク。
従来の「健康のために運動しましょう」という呼びかけではなく、ひいきのパ・リーグチームの応援を楽しんでいたら、いつの間にか運動もしていた、というスタイルを目指している。
その点では、「ポケモンGO」もゲームでありながら自然に体を動かす仕組みであり、アニメソングを聞きながら体を動かす「アニソンフィットネス」というサービスも、楽しんでいたらいつの間にか(よく動いて)健康になっていたという効果を狙っており、目指す方向性は同じと考えられる。
世界中から運動不足をなくすには、環境面の整備を含むアクティブライフのデザインが不可欠である。環境を整えつつ、「指導」とは異なる「普及」の専門家を育てる。全体として「ゆ・か・い」(有効性・数・維持)を意識した事業展開を進めることが重要である。