佐野 市川先生の基調講演のなかでもあったように、2025年、2030年を見据えて、あらためて2020年に向けて、まちとしての東京はどのように変わっていくべきか。
市川 日本が抱えている最大の課題は、その実情があまり世界に知られていないということ。感性価値の調査結果でも話したが、感性での評価は目に見えないので、実際に来て見て感じてもらうしかない。日本に来た外国人は、日本のサービス、日本人の親切さに驚き、日本のファンになる。これは日本政府観光局の成田空港での訪日客へのアンケート調査などでも明らかになっている。日本のファンを増やす作業は口で言うほど簡単ではないが、2020年東京大会は東京・日本の良さを直接、世界にアピールするまたとない絶好のチャンスとなる。といっても、特別なことをする必要はなく、普段どおりのおもてなしを心がければよい。
室伏 私も海外と日本を頻繁に行き来するが、日本に帰るたびに日本の良さを感じる。ただ、それは先生がご指摘のとおり目に見えないもの、まさに感性に訴えるものという気がする。日本が長年にわたって培ってきた風土ともいえる。
また、海外の方は日本のテクノロジーに非常に興味をもっている。国際競技連盟(International Federation:IF)の会議などに出席すると「日本の技術力があれば、自分たちの競技をもっと面白く見せてくれるんじゃないか」という意見をよく聞き、日本のテクノロジーへの期待を感じる。
上治 国際オリンピック委員会(International Olympic Committee:IOC)のサプライヤーをしていた経験からいうと、日本のスポーツ用品メーカーは当たり前のように選手の採寸をやるが、海外のメーカーはそこまではしない。「既定のサイズのものを着てください」というスタンス。日本のメーカーはテクノロジーだけでなく、このような面でも高く評価されていると感じる。
市川 日本の場合、そうしたハードとしてのテクノロジーのレベルが世界でもトップレベルでありながら、ソフトとしてのおもてなし文化がある点が大きな強み。1964年東京大会の水泳競技でプールの壁に選手がタッチした瞬間、ストップウォッチが停止する技術などは日本の技術力で世界にサプライズを起こした典型例。ああいった世界を驚かすような技術革新が行われ、それが日本の産業振興につながっていくという好循環が生まれる絶好の機会がまさに2020年の東京大会ではないか。
佐野 2020年東京大会は後世にどのようなレガシーを遺すべきか。
室伏 IOCがOlympic Agenda 2020(以下、Agenda 2020)を発表し、既存の施設を最大限活用しながら大会を開催することを推奨している。既存の施設を活用することで開催コストを抑えつつ、そのなかでどういった創意工夫をしていくか、ということはレガシーを考えるうえで重要だと考える。大会をきっかけとして、アスリートの環境や多くの国民がスポーツを楽しめる社会を遺していくことは言うまでもない。
個人的な興味でいえば、江戸時代の古地図などをみると、東京には多くの水路があり、水の都であったことがわかる。今では多くの水路が埋め立てられたり、蓋をされたりしている。市川先生に伺いたいが、水路を復活させて利用したり、自転車やランナーが優先的に使える道を整備したり、水辺で遊べるエリアを増やすなど、江戸時代の美しい東京の都市のあり方を復活させるようなことはできないか。
市川 興味深い指摘だ。1964年東京大会の最大のネガティブ・レガシー(負の遺産)は東京の川を潰して道路をつくったことといわれる。その反省は今でもあり、水路の蓋を外そうという話はあるものの、実行には数十年かかる。一方、2020年東京大会はご指摘のように東京の都市空間を大きく変える絶好のチャンスではあるものの、現時点で水路を復活させるなどの議論はされていない。
もう一つ言うと、たとえば都市にはランドマークがあるものだが、東京にはない。なぜかというと、江戸時代にはまちのどこからでも見られた富士山がランドマークとしてあったから。たとえば、今の東京で富士山をランドマークとして復活させることはできるのか?などは面白い議論だが、そうした面白い議論が現時点ではあまり起こっていない。2020年までにはまだ4年半あるので、そういった面白い議論をしていきたい。
上治 レガシーのひとつとして、2020年東京大会後、複数のIFが東京にオフィスを置くということも考えられる。日本オリンピック委員会、組織委員会、政府が一体となってそうしたアクションを起こしてほしい。
佐野 2020年に向けては人づくりも重要になるのではないか。
上治 各NFから50人を選抜して、今年の7月から毎週金、土、日曜日に国際人養成アカデミーというものを開催し、私も講師を務めている。土曜日は朝から晩まで英語で講義を行い、世界との窓口となる人材を養成している。
1点、ホスピタリティのテーマでいうと、ご夫婦で来日されるIFメンバーが会議に出席中、配偶者の方には観光やショッピングのプログラムを提供するなどのゲストプログラムは有効と考える。組織委員会だけでなく政府とも連携して検討を進めていただきたい。
佐野 (フロアから質問を受ける前に)最後に2020年に向けて、東京の魅力を伝えるという観点ではあらためてどういったことに注力すべきか。
上治 今年、北京で世界陸上が開催された。その際、10カ国くらいが前線本部を日本に置いてベースキャンプとした。2020年にはスウェーデンが福岡市と1カ月間の提携をすることが決まっている。冒頭でもお伝えしたとおり、2020年に向けて東京だけが盛り上がるのではなく、事前キャンプを含めてオールジャパン体制で国中が盛り上がるようにしていくことが重要だ。
室伏 若者にインパクトが伝わるようなオリンピックにしなくてはならない。彼らの意見を取り入れ、若い人たちが熱狂するような大会にしたい。そうすることが次世代へのバトンになると考える。
市川 2020年に向けて、地方の方から「何かできませんか」とよく聞かれる。私はいつも「東京の役割は日本の中のゲートウェイ」と答えている。つまり、ゲートウェイに来てもらえば、そこから先はさまざまな地域・地方に行っていただけるということ。逆もしかりで、東京以外の自治体が世界に向けて発信したければ、東京をうまく活用するべきだ。地方と東京がうまく協力し合い、2020年東京大会という大きなイベントの開催メリットを日本中で享受し合うアイディアを出していかなければならない。2012年ロンドン大会でも、イギリス全土で関連イベントが行われた。そうした取り組みに今後はさらに注力すべきと考える。
佐野 2012年ロンドン大会では、大会前の4年間で文化イベントを18万回行い、のべ2,500万人の参加があったと言われている。東京もリオの大会後にはそうした取り組みに着手しなければならない。まだまだ、構想段階といえるので、多くの方々がそこに向けて意見を出し合っていくことが重要だ。では、フロアからご意見、ご質問を受けたい。