はじめに
2024年9月22日から23日の2日間、米国・ニューヨークの国連本部で、地球規模の課題への対応と国際協力について議論する「未来サミット(Summit of the Future)」(以下、未来サミット)が、開催されました。
本記事では、未来サミットの概要と、次のグローバル・アジェンダとして有力視されるウェルビーイングについて整理しました。
国連未来サミットについて
未来サミットは、2021年9月に国連のアントニオ・グテーレス事務総長が発表したビジョン「私たちの共通の課題(Our Common Agenda)」において提案され、翌年の国連総会での決定により、はじめて開催されるものです。
サミットには、岸田総理大臣(当時)をはじめとする各国の首脳陣が集まり、国際社会の具体的な行動指針を示した「未来のための協定(Pact for the Future)」(以下、未来のための協定)が成果文書として採択されました。この協定では「持続可能な開発と開発のための資金調達」「平和と安全」「科学・技術・イノベーションとデジタル協力」「若者および将来世代」「グローバル・ガバナンスの変革」の5つの章が設けられ、56の具体的なアクションが示されています。
未来サミットにおける主要テーマのひとつとして考えられていたのが、2030年に期限を迎える「持続可能な開発目標」(以下、SDGs)の達成に向けた軌道修正と、SDGs以降に世界が一致団結して取り組むべき新たなグローバル・アジェンダ(以下、ポストSDGs)に関する議論です。この議論の進展が、国際社会から大きな関心を集めていました。
SDGsの現状と課題
2024年6月に国連が公表した「持続可能な開発目標報告2024(The Sustainable Development Goals Report 2024)」では、目標期限まで残り5年余りに迫ったSDGsの進捗状況が分析されました。SDGsで掲げた17の目標のもとに設定されている全169ターゲットのうち、データの収集や分析が可能な135項目について、「順調、もしくは達成」と評価されたのは17%に留まり、残りは2030年の目標達成に向けて進捗が不十分とされています。
SDGs達成に対する不透明感が増す中、未来のための協定のアクション12では、今後のSDGsに関する活動とポストSDGsについて触れられています。具体的にまずは、SDGsのフォローアップとレビューを行う「持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム(High‒level political forum on sustainable development)」の役割を強化し、SDGs達成に向けた活動を加速させることが目指されています。
さらに、2030年以降の取り組みについては、国連総会の後援の下で2027年9月に招集される予定の「SDGサミット(SDG Summit)」でどのように進めるかを検討すると記載されています。検討主体と期限が明確化されたことで、議論が急速に進展していくことが想定されます。
ウェルビーイングとは
2010年代初頭からさまざまな国際機関や会議の場で使用され、ポストSDGsのテーマとして注目されているのが「ウェルビーイング(Well-Being)」(以下、ウェルビーイング)という概念です。
<表1 国内外におけるウェルビーイングの主な使用事例>
1946年
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世界保健機関(以下、WHO) WHO憲章(Constitution of the World Health Organization)
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(ウェルビーイング)をいいます。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
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2011年
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国連総会決議 幸福:開発の全体的アプローチに向けて(Happiness : towards a holistic approach to development)
加盟国が、公的政策を導くことを目的として開発における幸福や福利厚生(ウェルビーイング)の追求の重要性をより取り込む追加的措置の策定を追求することを招請する。
Invites Member States to pursue the elaboration of additional measures that better capture the importance of the pursuit of happiness and well-being in development with a view to guiding their public policies;
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2011年
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経済協力開発機構(OECD) より良い暮らし指標(Better Life Index)
幸福度の指標として、住宅、所得と富、雇用と仕事の質、社会とのつながり、知識と技能、環境の質、市民参画、健康状態、主観的幸福、安全、仕事と生活のバランスという11の項目により構成され、多面的にウェルビーイングをとらえて、各国の比較が可能となっている
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2015年
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国連 持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)
ゴール3 すべての人に健康と福祉を Goal 3 Good Health and Well-Being
指標としては乳幼児死亡率、感染症の感染者数、自殺死亡率、ワクチンカバー率など、身体的な健康に焦点があたっている
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2021年
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WHO ジュネーブ・ウェルビーイング憲章(The Geneva Charter for Well-being)
ジュネーブ・ウェルビーイング憲章は、持続可能な「ウェルビーイング社会」を創造することの緊急性を強調するものであり、生態系の限界に抵触することなく、現在そして将来の世代のために公平な健康を達成することを約束するものである。
The Geneva Charter for Well-being underlines the urgency of creating sustainable “well-being societies”, committed to achieving equitable health now and for future generations without breaching ecological limits.
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2021年
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国連 私たちの共通の課題(Our Common Agenda)
GDPは、人類のウェルビーイング、地球の持続可能性、市場外のサービスや福祉、あるいは1つの経済活動の分配的な側面を把握することができない。
We know that GDP fails to account for human well-being, planetary sustainability and non-market services and care, or to consider the distributional dimensions of 1economic activity.
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2021年
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内閣府 経済財政運営と改革の基本方針2021
政府の各種の基本計画等について、Well-beingに関するKPIを設定する。(第3章「7.経済・財政一体改革の更なる推進のための枠組構築・EBPM推進」より)
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公益社団法人日本WHO協会は、WHO憲章におけるウェルビーイングを「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と表現しています。また、日本におけるウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司教授(慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科)は、ウェルビーイングを「健康・幸せ・福祉」と考えることが妥当とし、肉体的な健康や感情としての幸せを包含する概念であると述べています。
ウェルビーイングへの関心が高まっている背景として、前野教授は著書の中で、1980年代以降心理学を中心にウェルビーイングに関する多くの学術的研究が進んだこと、多くの先進国で右肩上がりの経済成長が限界を迎え、お金や地位のように他者と比較可能な地位財から、幸せや健康など非地位財に関心が移り変わってきたことなどをあげています。
またSDGsは「誰一人取り残さない」という原則のもと、17の目標、169のターゲット、そして231の指標が設定されています。しかし、目標の多さや複雑さが進捗を遅らせる一因とも考えられており、ポストSDGsでは、より焦点を絞ったテーマとしてウェルビーイングなどを中心に据えるべきではという意見が出てきているのです。
未来サミットでは、前述のとおりポストSDGsの具体像は示されませんでした。しかし、2027年に予定されているSDGサミットに向けて、ウェルビーイングを中心とした議論や国際的な連携が今後更に活発化していく可能性があります。
スポーツとウェルビーイングの関係性
未来のための協定で示されたアクション11では「スポーツが個人や地域社会のウェルビーイングに貢献できる」と明記しています。
<未来のための協定 アクション11 ※日本語は仮訳>
アクション11 私たちは、持続可能な開発に不可欠な要素として、文化とスポーツを保護・促進します。 Action 11. We will protect and promote culture and sport as integral components of sustainable development.
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私たちは、文化やスポーツが、個人や地域社会に強いアイデンティティをもたらし、社会的結束を育むものであることを認識しています。また、スポーツが個人や地域社会の健康とウェルビーイングに貢献することも認識しています。したがって、文化およびスポーツは、持続可能な開発のための重要な手段です。 We recognize that culture as well as sport offer individuals and communities a strong sense of identity and foster social cohesion. We also recognize that sport can contribute to individuals’ and communities’ health and well-being. Culture as well as sport therefore are important enablers of sustainable development.
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ウェルビーイングの概念を踏まえると、これは従来から考えられてきた身体的な健康への効果を超えて、スポーツが精神的な健康や社会的なつながりにも大きな役割を果たすものとして、国際的な共通認識が広がりつつあるということではないでしょうか。今後は単純に身体を動かすことを目的とした競技やトレーニングだけではなく、コミュニティ構築やダイバーシティ&インクルージョンの実現といった社会課題の解決に、スポーツがどのように貢献できるかが重要な議題となるかもしれません。
日本においても、2022年からスタートした第3期「スポーツ基本計画」(スポーツ庁)で「スポーツに自発的に参画し、楽しさや喜びを得ることは、人々の生活や心をより豊かにするWell-beingの考え方にもつながるものである」と明記されています。またスポーツ庁は、スポーツが有する価値を更に高めるべく、スポーツを「する」「みる」「ささえる」という視点に、スポーツを「つくる/はぐくむ」、スポーツで「あつまり、ともに、つながる」、スポーツに「誰もがアクセスできる」の3つの新たな視点を加えて、施策を展開しています。
このような方向性から、今後はスポーツ関連団体に限らず、多様な分野の関係者や専門家が連携し、スポーツの活用法について幅広い視点から戦略的な議論を進めていくことが不可欠です。スポーツとウェルビーイングを同時に取り扱う記事の数も過去5年間で増加傾向にあり、国内でもスポーツを活用して、個人や地域社会のウェルビーイングを向上させるための取り組みに、ますます注目が集まっていくと考えられます。
<図1 スポーツ・ウェルビーイングが掲載された記事件数推移>
笹川スポーツ財団は、今後もポストSDGsに関する議論を注視し、ウェルビーイングの位置づけやスポーツの活用方法について、最新の情報を収集・発信していきます。
笹川スポーツ財団 スポーツ政策研究所 政策ディレクター 武富 涼介