2022年10月20日
武藤 泰明 (早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授/笹川スポーツ財団 理事/スポーツ政策研究所 所長)
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
2022年10月20日
武藤 泰明 (早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授/笹川スポーツ財団 理事/スポーツ政策研究所 所長)
笹川スポーツ財団が2年に一度実施しているスポーツライフ調査の最新版(2020年調査実施。21年にスポーツライフ・データとして公開)によれば、18歳以上の日本人の週1回以上の運動・スポーツ実施率は59.5%であった。
この調査は1992年から実施されていて、92年の実施率は23.7%であった。その後漸増を続け、2012年には59.1%になった。その後実施率は頭打ちだが、よくぞ伸びたと、まずは理解したい。
一番驚いてほしいのは、実施率増加のパーセントではなくて実数のほうである。日本の18歳以上人口は1億人を少し超えているので、1%は100万人強になる。1992年から2016年までに運動・スポーツ実施率は32%くらい上昇している。人数で言うと3200万人である。国はスポーツ実施率を高めたいと思っていただろうけれど、国の方針や施策で3200万人の行動が変容するとは思えない。比較のために、ポルトガルとスウェーデンの総人口はそれぞれ1000万人、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、ニュージーランドはいずれも500万人台である。日本の1%は、中国やインドほどではないがとても大きい数字なのである。
Softbank ウィンターカップ2019 令和元年度 第72回全国高校バスケットボール選手権大会 ©フォートキシモト
さて、同じスポーツライフ調査では、スポーツ観戦(テレビ等を除く直接観戦)も種目別にデータがとられている。2020年は新型コロナの影響で観戦者率は低下しているのだが、トレンドとしては、観戦についても、運動・スポーツ実施と同様に数値の増加が見られる。種目を問わず1年の間に一度でもスポーツ観戦をした人(学生を除く成人)の割合は、1994年20.6%、2002年29.9%、2010年34.8%、2018年32.0%であった(注1)。このデータはスポーツライフ調査から再集計したものなので書籍として刊行されたスポーツライフデータとは少し母集団が異なる。とはいえその母集団が大きいところは同じである。具体的には、学生を除く成人の人口は7837万人(2020年)、つまり、1994年から2002年までの8年間に、スポーツ観戦をした人は700万人程度増加している。そして2010年までに、さらに400万人弱増えている。合計で1000万人を超える。
こう書くと、1993年にJリーグが始まったことや、プロ野球の観客数が増えたのではないか等が理由として考えられることになるのだと思う。しかし同じスポーツライフ調査でJリーグとプロ野球の観戦率を見ると、意外なことにほとんど変化がない。なぜか。
理由は2つある。第一に、プロスポーツのファンはリピーターが多い。Jリーグの年間観戦者数(2019年)はJ1のリーグ戦で約635万人、J2で332万人だが、シーズンチケットを購入する多頻度来場者も多い。「延べ」ではない、ネット(真水)の観戦者数の推計値はそれぞれ114万人と48万人であり、合計160万人強である。今後さらにJリーグの人気が高まり、この人数が3割増えたとしても実数で言えば増分は50万人にしかならない。つまり母集団人口の0.5%程度ということである。プロ野球(NPB)には同様のデータがないので何とも言えないが、年間の来場者数と比較すると、ネットの観戦者数が何分の一かになることはサッカーと変わらないだろう。
そして第二の理由は、チーム数が少ないことである。NPBは12球団しかない。JリーグはJ3も加えると50クラブを超えているのだが、都道府県あたりで言うと1より少し多い程度である。リーグ戦の開催地と試合数はJ1で18と306、野球は12と800余、大相撲はもっと少なくて、地方巡業を除くと(つまり本場所は)4都市で6回(90日)しか開催されない。ここではこれらの状態を「偏在」と呼ぶことにしよう。
これに対して、硬式野球の高校生の夏の全国大会(甲子園)の予選には、約4000校が出場する。トーナメント方式なので、出場校数マイナス1が総試合数である。つまり、4000試合である。そのうち甲子園で行われるのは48試合、残りは地方予選である。夏の甲子園とは、実は甲子園ではなくて地方、というより全国の大会なのだ。
そして男子の硬式野球以外に、高校に運動部が多く・・ここでは3000校以上をピックアップしてみる・・置かれている種目としては、陸上(男女)、バスケットボール(男女)、バレーボール(女子)、サッカー(男子)、バドミントン(男女)等がある。そしてこれらの競技会の地方予選は、偏在とは逆であり、全国に「遍在」しているのである。
生徒や学生のスポーツ大会だけではない。コロナ前には、全国のマラソン大会は小規模なものを含め年間2800程度と推定されていた。マラソン大会も遍在である。あるいはスポーツ少年団は全国に28000団、総合型地域スポーツクラブは3600である。「するスポーツ」が遍在していることが「みるスポーツ」の遍在につながる。
さて結論は、1990年代から2000年代にかけてのスポーツ観戦率の上昇は、このような「遍在する競技会」を見に行く人が増えたことによるものなのだろうということである。換言すれば、「みるスポーツ」という政策体系の中に取り込んでおかなければならないのは、人気のあるプロスポーツではないということなのであろう。プロスポーツは偏在だからである。
ただしこまったことに、では遍在する競技会を「誰が」「なぜ」見に行くようになったのかは、今のところ不明である。解明したい。当財団の仕事が良い意味で一つ増えたのだと考えてもよいし、あるいは外部の研究者を募って共同で行ってもよいかもしれない。いずれにせよここには、まちがいなく何かが隠れている。
注1:菅原尚子ほか『スポーツ直接観戦率の時系列的検証』スポーツ産業学研究32巻3号