- 開催日時
- 2023年7月31日(月) 19:00~20:30
- 講師
- 岡田 千あき氏(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)
コーディネーター:宮本 幸子(SSFスポーツ政策研究所 政策ディレクター)
- 開催場所
- 日本財団ビル2階 大会議室/Zoomウェビナー
SSFでは、これまで子どものスポーツ活動に対する保護者の関与の実態や意識を明らかにする研究を行い、子どものスポーツ活動において、保護者への負担は母親がより大きく担う構造であることなど、さまざまな課題を明らかにしてきました。
少子化や家族のあり方の多様化が進む今、持続可能な子どものスポーツ環境構築が必要です。課題と解決策を模索するため、有識者を招き、セミナー『誰が子どものスポーツをささえるのか?』を複数回にわたって開催します。
第1回の講師は岡田 千あき氏(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)。子どものスポーツ活動と保護者の関わりにおける課題整理、海外との比較などについてお話しいただきました。
▼セミナーのポイントを動画でみる
<主な講義内容>
1.ジェンダーの観点から
岡田氏による発表(Zoomウェビナーより)
誰が子どものスポーツをささえるのか―日本には特有の「ささえる」形があった。しかし、社会の変化のなかで形態が変わりつつある。
日本特有のささえ方の1つが「お茶当番」である。2021年に書いた論文で、「日本はジェンダーギャップ指数(GGI)の順位が低く、スポーツでもさまざまな場面で色濃く表れている。スポーツ界自体が変わる必要もある」という指摘をした。具体的には学校の部活動、女子マネジャー、お茶当番、フィールドの聖域化(女性が入れない甲子園や大相撲)を取り上げた。論文に対して多くの反響があり、お茶当番に関しては、「子どものスポーツに女性がかかわるときに、父親の顔は見えてこない。パートナーはどうしているのか?」という質問が多く寄せられた。また、「男性は、自分のパートナーがこのような仕事をたくさんさせられる状況で、何も文句を言わないのか?」と聞かれ、海外ならではの考え方だと感じた。
お茶当番の話をするときには「同調圧力」という言葉がよく出てくるが、必ずしも日本特有ではない。ただ海外では、保護者の「自分は同調圧力(ピアプレッシャー)を受けている」という認知が非常に高い印象だ。日本の保護者は、自分が置かれた状況が分からずにストレスを感じる、「自分のわがままかもしれない」と思うのが特徴である。
2.国際比較の観点から
ここからは、さまざまな国や地域でみてきた子どものスポーツについてお話ししたい。
岡田氏による発表(Zoomウェビナーより)
(1)オランダ―UNICEF子どもの幸福度ランキング1位―
人々がスポーツに関わる時間も長く、複数のクラブチームに所属する人も珍しくない。「半官半民」でクラブチームにも公的な資金がかなり使われている。たとえばサッカーなら、大きな市であれば市内でレベル別に10部ぐらいのリーグがあり、本気で取り組みたい人からのんびり楽しみたい人まで、スポーツへの関わり方も選択することができる。一方で若者の地元のクラブチーム離れという課題もみられ、「地域ぐるみは今の時代にあっていない」という声も聞く。
(2)香港―1国2制度、アジアでありながら欧州の文化―
子どもが中学生になるまでは、外出時には必ず大人が付き添うことが法律で決められている。同じ状況は欧米のいくつかの国でもみられ、スポーツにも親が必ず付き添うので、保護者の負担はある。ただ、そこに同調圧力や必須の当番があるわけではなく、親は親どうしでゆるいつながりをつくるようだ。
(3)カンボジア―経済成長著しい東南アジアの新興国―
経済成長が進み、子どものスポーツの機会も急速に増加している。ただし、ささえる大人の世代は、子どもの頃にあまりスポーツの経験がない。そのため、クラブ運営が不安定である、コーチや審判のレベルが低いなどの課題がみられる。一方で、先進的な取り組みや海外の援助を積極的に取り入れ、政府も代表チームを直接支援している。スポーツが経済成長のなかの1つのコンポーネントとして機能してきた事例といえる。
(4)タンザニア―地域差、民族差、宗教差が大きい―
1970年代まで社会主義で、スポーツが非常に盛んであった。しかし政府が予算を削減し、学校における体育やスポーツがなくなってしまった。首都ではスポーツの機会が市場に委ねられたが、それ以外の地域におけるスポーツの機会は、壊滅的に、一気に失われてしまった。2000年代に入り、復活の兆しはみられるが、女性、障害者、地方のスポーツの切り捨てが懸念されている。女子の早期結婚・妊娠が非常に多いため、JICAが政府と協力して「スポーツを通じた女性のエンパワメント」に関わる事業を行っている。
3.競技スポーツと生涯スポーツ(楽しむスポーツ)の関係性
さまざまな国の状況をもとに、図1を作成した。図は上に行くほど年齢があがり、横幅が広いほどスポーツ人口が多い様子を示す。
図1:競技スポーツと生涯スポーツ(楽しむスポーツ)の関係性
作成:岡田千あき(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)
注)講師が本講演のために作成した図であり、学術研究の成果としては今後修正を要するものとしてご覧いただきたい。
(1)日本型(競技主導型)
基本的には子どもの頃に競技主導で入ることが多く、どうしても年齢があがるにつれて人数が減少する。
(2)アメリカ型(分離型)
比較的明確に、競技スポーツと楽しむスポーツとが分かれている。競技スポーツには「セレクション」があり、「トラベルスポーツ」といわれるように、遠方の強いチームと試合をしたりするので、親の関わりも多くお金もかかる。一方、各地域でクラブチームやYMCAなどが楽しむスポーツの場も提供しており、子どもたちにとっては選択肢があるといえる。
(3)オランダ型(往来型)
オランダについては理解するのが非常に難しい。「グレーゾーン」も広く、大人になってからでも競技スポーツと楽しむスポーツの行き来ができる。
(4)ノルウェー型(生涯主導型)
多くの種目において、12歳までは記録を残さず、順位をつけないのが特徴である。楽しむスポーツというベースを作った上で、競技力を向上させたい人と、生涯スポーツとして続ける人に分かれる。
競技スポーツと生涯スポーツの関係性にはさまざまなパターンがある。この分類が全てではなく、「このパターンなら全てがうまくいく」ということでもない。競技性との兼ね合いや国民性なども関係するかもしれず、さまざまな模索をする必要がある。
4.まとめ―誰が子どものスポーツをささえるのか?―
保護者がささえるのがよい/悪いということではなく、課題を整理する必要がある。課題の整理と改善ができれば、ささえる人たちはまだいると思う。一方で、保護者以外のアクター(学校や個人、企業や大学など)が少しずつキャパシティを増やしていくことができれば、過度な負担にならずにささえることができるだろう。
また、政府の役割の明確化も重要だ。どこまで市場に委ねるかの議論は難しいが、方針があると皆が動きやすいとは思う。さらにいえば、「そもそも私たちはスポーツに何を求めるのか?」これも人によって、地域によって、時代によって異なると思うので、ぜひ議論したい。
<質疑応答>
- Q.(フロア)4類型の図について、年齢の上限は何歳ぐらいまでをイメージしているのか。競技スポーツと生涯スポーツの関係性について、もう少し詳しく聞きたい。
- A.(講師)「体が動く間」「スポーツをしたい間」の年齢をイメージして作成した。ただ種目によっても異なるだろうし、日本が必ずしも全て「競技主導」と言い切れない部分もあるだろう。
「日本は今の型を崩して新しいものを作ろう」「日本もオランダ型にしよう」という考え方ではなく、「下にもう1つ加えよう」「横に分割しよう」など、何か変えることで、もう少し楽しくたくさんの人が考えられる方法があるのではないか―そのような意図でこの図を作成した。
- Q.(フロア)4類型は保護者の関わり方と関係があるのか。
- A.(講師)競技主導型では、楽しむスポーツに関わりたい保護者は関わることができない。ノルウェー型(生涯主導型)の場合は、よくも悪くも国がある程度の規制をするので、子どもが小さいうちは練習時間や出場機会が制限され、親の関わりも規定される。アメリカ型(分離型)は生涯スポーツと競技スポーツの行き来ができないため、「セレクション」に受かるための指導にお金がかかるという話はよく聞く。
- Q.(フロア)この先、日本の手本になる国はどこなのか。
- A.(講師)いずれの類型も一長一短だと思う。私たちがスポーツに何を求めるのか、さまざまなパターンがあるということを議論して、できるだけたくさんの人が、できるだけスポーツを楽しめるような方法を考えるプロセスが重要ではないか。
<オンラインでいただいた質問への回答>
- Q.(オンライン)スポーツ(種目)によって競技スポーツと生涯スポーツの図は変わるのか。参照された特定のスポーツや政策があれば知りたい。
- A.(講師)変わると思う。以前から、日本のスイミングスクールの仕組みに注目している。競技スポーツと生涯スポーツの両方をカバーし、スイミングスクールで育った選手が国際大会でメダルを獲得している。一方で、たくさんの幼児や高齢者もさまざまな目的でスクールに通っており、正に「老若男女」といえる。
スクールでは段階を追って指導が行われ、4種目をきちんと泳げない限りスピードは求められず、自分のペースで上達していく。全ての地域ではないもののスクールバスがあり、親は「見学スペース」での観覧のみの関わりというところが多い。施設維持の負担は大きいはずだが、ほかの習いごとと比較して極端に高額ではない(コーチの過重労働に支えられている部分があり、必ずしもよいとはいえない場合もある)。ほかのスポーツがスイミングスクールの仕組みに倣うところがあると思う。
- Q.(オンライン)息子が小中高と硬式野球をしているが、主体性とはかけ離れた世界で、指導者と選手・保護者の考え方の溝が深まるばかりだ。どうすればお互いが心地よくささえられるのか。
- A.(講師)指導者の考え方を変えてもらうしかないと思う。今夏の甲子園では変化の兆しも見えたが、いまだに指導者と選手・保護者の関係に上下があるチームがほとんどだ。そのようななかで選手や保護者にできることは、チームを選ぶこと、合わないと思ったらチームを移ることではないだろうか。残念な回答にはなるが、「主体性とはかけ離れた世界」が伝統的に続いている場合、個人や数名の力ではなかなか変えられないだろう。
甲子園でみられたような、選手がいきいきとプレイする、そのための指導者と選手の(規律を保った上での)フラットな関係性が多くのチームに広がればよいと思う。「それでも勝てる!」あるいは「それでないと勝てない!」ことが示されて、旧態依然としたチームや指導者が変わってくれるとよいと思う。
セミナーは和やかな雰囲気で進み、活発な質疑応答となった(左:宮本、右:岡田氏)
岡田 千あき氏
(大阪大学大学院人間科学研究科 教授/日本スポーツ社会学会 理事)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。主な研究分野は、スポーツを通じた開発と平和、生涯スポーツ、スポーツ教育学。国際協力論文コンテストにおいて外務大臣奨励賞。青年海外協力隊(ジンバブエ)、大阪外国語大学外国語学部助手、講師、准教授を経て現職。主な著書に、「スポーツで蒔く平和の種 紛争・難民・平和構築」(阪大リーブル)など。
■岡田氏によるコラム
過去の研究紹介
2022年2月発表「子どものスポーツ活動への母親の負担感は、団体全体に関わる活動の負担が大きい」
子どものスポーツ活動において母親が負担が大きいと感じるもの(上位3つ)
・「指導者や保護者の送迎をする」 66.7%
・「練習や大会等で、指導者・保護者の食事や飲み物を用意する」 64.4%
・「大会等で、保護者や関係者が観戦する場所を確保する」 62.0%
2023年1月発表「保護者の当番の"大変なイメージ"が、子どもをスポーツから遠ざける可能性」
当番をめぐる実態を、「当番をしている母親」「当番はしていないが、スポーツ活動をしている母親」「当番を理由にスポーツ活動をしない母親」「その他の理由でスポーツ活動をしない母親」にわけて、全体の分布を示した。対象となる母親全体を母数にすると、現在当番を担当している母親は7.5%にすぎない。しかし、当番の負担を理由にスポーツ活動を敬遠する母親は26.1%にのぼる。