<欧州スーパーリーグ騒動の経緯>
4月18日にスペインのレアル・マドリードを筆頭とするスペイン3クラブ、イングランド6クラブ、イタリア3クラブの計12のメガクラブが、自分たちで運営を行う新たなリーグ「欧州スーパーリーグ(The Super League / European Super League)」を発足すると発表した。
欧州スーパーリーグ 創設12クラブ
スペイン |
アトレティコ・マドリード (Atlético de Madrid) |
FCバルセロナ (FC Barcelona) |
レアル・マドリード (Real Madrid CF) |
イングランド |
アーセナル (Arsenal FC) |
チェルシー (Chelsea FC) |
リバプール (Liverpool FC) |
マンチェスター・シティ (Manchester City) |
マンチェスター・ユナイテッド (Manchester United) |
トッテナム・ホットスパー (Tottenham Hotspur ) |
イタリア |
ACミラン (AC Milan) |
インテルナツィオナーレ (FC Internazionale Milano) |
ユベントス (Juventus FC) |
発表された欧州スーパーリーグの大会形式は、今回の創設12クラブを含む15の固定クラブと毎年入れ替わる5クラブの計20クラブが参加し、各国内のリーグ日程とは重複しない平日に試合を行うとされていた。欧州では欧州サッカー連盟(UEFA)主催の各国リーグ上位クラブのみが参戦する世界最高峰の大会UEFAチャンピオンズリーグが、同じタイミングで行われるため、欧州スーパーリーグはチャンピオンズリーグに代わる新たな大会として発表された。
この発表の翌日には、UEFAが2年の歳月をかけて各国リーグ・クラブと協議しながら準備を進めてきたチャンピオンズリーグの新たな大会方式(2024/25シーズンより適用予定)の発表を控えており、欧州スーパーリーグ発足がこのタイミングで発表されたのは、チャンピオンズリーグの新方式への反対を示す意味もあったとされている。
欧州スーパーリーグ構想の原型は20年以上前の1998年に策定され、その後も名称や方式を一部変えながら、幾度となく欧州サッカー界では話題にのぼっていたが、その実現には多くの課題が残っており実現は難しいとされていた。それが今回の発表では実際に12の創設クラブが設立に合意しており、実現可能になればすぐにでもリーグを開始するとしていたため、世界中で驚きの声と批難の嵐が起こり騒動となった。
UEFAは欧州スーパーリーグ発足の報道された直後に、各国のサッカー協会やリーグ機構と連名で本構想に反対する共同声明を発表している。その中で、欧州スーパーリーグの創設に加わる12クラブに対しては、国内リーグ戦やUEFA主催の大会への出場資格をはく奪し、今後国際サッカー連盟(FIFA)や各大陸連盟とも連携して当該クラブに所属する選手を、FIFAワールドカップを含む国際試合からも締め出す可能性があると記載し、かなり強い論調での批難と警告を発信した。
欧州サッカーの現場にいる各クラブの監督や選手、また各クラブのOBで現在は様々な立場にいる有識者もインタビューやSNSなどを通して次々に批判の声をあげた。また欧州サッカーを愛するファンも各地で抗議の声をあげ、その中には欧州スーパーリーグの構想から漏れたクラブのファンだけではなく、創設12クラブに名を連ねていたクラブのファンも含まれていた。
国際オリンピック委員会のトーマス・バッハ会長や英国のボリス・ジョンソン首相も、今回の構想に批判的なコメントを発信しており、サッカー界やスポーツ界に留まらず、世界中に波紋は広がっていった。しかし結末はあっけなく訪れ、欧州スーパーリーグ発足発表からたった2日で、創設12クラブのうち9クラブが本構想からの脱退の意思を表明し、現時点では本構想が当初の予定通り運ぶことは難しくなっている。
<欧州スーパーリーグ騒動から見る欧州サッカー界が抱える論点>
今回の騒動で現場の監督や選手、そしてファンからあがった多くの批判の声の中で、欧州スーパーリーグ構想は一部のメガクラブが更なる利益拡大を目論んで生み出した最悪のアイディアであると酷評された。
筆者も欧州サッカーファンの1人として、その気持ちは痛いほどよくわかるが、少し冷静になって今回の騒動を眺めてみると、その背景には今回の騒動に留まらず、欧州サッカー界に今後も影響を与えそうな論点がいくつかあるように思う。
欧州スーパーリーグ発足の声明において、特に強調されていたのが、新たなリーグ設立がサッカー界に更なる経済的な成長をもたらし、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い財政危機に陥っている現状のサッカー界を救うものになるとしている点である。
創設12クラブの多くは実業家のオーナーや経営者を持ち、一部は株式会社として証券取引所に上場しているクラブもある。そういったクラブにとっては、収益の拡大は当然のことであり、成長のための合理的モデルの模索は間違った方向ではないように思える。実際に欧州スーパーリーグ発足が発表された翌日に創設クラブに加わっているマンチェスター・ユナイテッドとユベントスの株価は急騰しており、その後各クラブの脱退と構想全体の瓦解を受けて、株価は元の水準まで急落している。
今回の発表には、事前の調整や準備が不足していた感が否めないが、背景には新型コロナウイルスによって観客の入場制限が続く欧州サッカークラブの経営へのダメージが大きく影響していたのではないかと推察されている。昨シーズンの終了時点で、スペインのFCバルセロナやイングランドのマンチェスター・ユナイテッドは1億ユーロを超える収入減に直面しており、今シーズン終了後の業績はさらに悪化している可能性もある。
また冒頭の12のメガクラブは稼ぐ金額も大きいが、比例して著名な監督や優秀な選手に支払う賃金も莫大な金額になっている。
創設12クラブの2018年時点の賃金コストと全体収入に占める賃金コストの割合
|
賃金コスト(百万ユーロ) |
全体収益に占める割合 |
FCバルセロナ |
529 |
77% |
レアル・マドリード |
431 |
57% |
マンチェスター・ユナイテッド |
334 |
50% |
マンチェスター・シティ |
314 |
56% |
リバプール |
298 |
58% |
チェルシー |
275 |
55% |
アーセナル |
271 |
60% |
ユベントス |
261 |
65% |
アトレティコ・マドリード |
212 |
60% |
トッテナム・ホットスパー |
167 |
39% |
インテルナツィオナーレ |
159 |
55% |
ACミラン |
150 |
70% |
(出所:UEFA The European Club Footballing Landscape Club Licensing Benchmarking Report Financial Year 2018)
このような状況にあるメガクラブに対して、プロリーグ機構は別にしてもUEFAや各国サッカー協会のミッションは一義的にはサッカー競技の普及ということになるだろう。そのための手段の一つがビジネスの推進による収益獲得になるはずだ。実際にUEFAは経営戦略において、UEFAのミッションを「フットボール(サッカー)が最もプレーされ、信頼され、競争的で、魅力のあるスポーツであることを担保すること」としている。
スポーツのビジネス化は決して悪い事ばかりではない、むしろスポーツの魅力をきちんと収益化し、得られた収益でまたスポーツの魅力を向上させるという好循環はスポーツ界の持続的な発展のために必要なことである。UEFAにしても、事業規模の拡大には積極的に取り組んでおり、時と場合によってはメガクラブと思惑が合致することもある。
UEFAは同じ経営戦略の中で、上述のミッションは4つの柱(競技、信頼、競争、繁栄)の上に成り立つとしており、柱の1つである繁栄の中で、継続的な収益拡大を実現した上で、得られた収益の一部を競技の普及や将来的なファン獲得に活用していくと記載している。またUEFAは社会的投資収益率(Social Return on Investment)の考え方を用いてアマチュアサッカーがもたらす社会的な価値を定量・可視化して、加盟協会がアマチュアサッカーの普及・発展のための予算を確保できるように支援するといった新たな試みにも取り組んでいる。収益の拡大や財源の確保はもちろん重要だが、それはあくまでその上にあるミッションを実現するための活動と位置づけているのである。
今回発表された欧州スーパーリーグの大会形式では、創設12クラブを含む15クラブが固定制で入れ替わりが少ない点などにおいて、UEFAのミッションに相反することになり、ファンからの反発も招いた。しかし新型コロナウイルスによる経営へのダメージが残る中で、ここから欧州サッカー界がどのように事業規模を拡大(もしくは費用構造を適正化)し、そしてそれをどのようにサッカーの普及・発展につなげていくかについては今後も欧州サッカー界全体が直面する課題なのではないだろうか。
サッカー界は、FIFAを頂点として、UEFAを含む6つの大陸連盟が存在し、その下に各国のサッカー協会が位置づけられ、リーグ機構とそこに所属するプロクラブがあり、さらにアマチュアクラブや草の根サッカーに広がっていくというピラミッド構造で成り立っている。この構造がサッカーをここまで全世界的な人気競技に押し上げた 一つの成功要因だといわれることもあるが、この強固な構造が不満の要因になる可能性もある。
例えばFIFAやUEFAの拡大路線によって、欧州のビッグクラブに属する選手たちが年間でプレーする試合数は増え続けているといわれており、国際プロサッカー選手会(FIFPRO)も過密な日程の中で激しいプレーを求められる選手の肉体面・精神面における健康上のリスクに警鐘を鳴らしている。
UEFAチャンピオンズリーグでは、各国リーグの上位クラブ同士で戦うという大会の特性上、例えばスペインのクラブが週末に国内で試合を戦った後に、ロシアまで移動して、週半ばに真冬の氷点下の中で試合を行い、また週末にはスペインに戻って試合を行うといったことが起きてしまう。それも伝統ある強豪同士の試合で世界中の注目を集めることができるのならばまだしも、どうしても世界中で人気のあるスペインの強豪とロシアの国内王者では注目度に差ができてしまう(もちろんそのような環境で注目されていなかったクラブがメガクラブを、時に打ち負かすジャイアントキリングこそがサッカーの醍醐味であるという意見もある)。
見方によっては、今回の騒動は、巨大な収益基盤を持つもののピラミッド構造の中では下層にいるメガクラブが上記のような点で不満を蓄積していき、ついに反乱を起こし、それを上層にいるUEFAが鎮圧したとみることもできる。しかし鎮圧の方法は本当に最適な形であっただろうか。
欧州スーパーリーグは創設クラブのオーナーや経営陣が中心になって立ち上げたものとみられており、その後の反応を見る限り現場の監督・選手やスタッフは議論にも加わっていなかった可能性が高い。そのような中でUEFAが共同声明の中で触れていた国内リーグ・UEFA主催大会からの追放や当該クラブに所属する選手の国別代表試合への出場資格剥奪といった話は少し高圧的ではないかという意見が出てきてもおかしくはない。
また欧州スーパーリーグ騒動の陰に隠れてしまったようにも思えるUEFAチャンピオンズリーグの新たな大会方式に関しても、既に一部の監督や選手から試合数が現行の方式よりもさらに増加する点について不満の声があがっている。UEFAは試合日程や収益の分配方法など、新たな大会方式の詳細を今後も各クラブとも話し合いながら詰めていくとしているが、より丁寧に現場の意見やファンの声を拾っていかなければ、今回のような反乱が再び起こってしまうかもしれない。
はるか昔からスポーツ関係者の間では議論にあがる対立軸で、グローバル化が進む昨今のスポーツ界では一口に米国型か欧州型かと区分けするのも難しくなってきているが、あえてここでは単純化して考えてみたい。
米国型と欧州型を区別する点として、リーグ戦の構造において米国のプロスポーツリーグのようにチームの入れ替えがほとんどない「クローズド型」か、欧州サッカーリーグのようにリーグに階層があり毎年の成績に応じて昇降格がある「オープン型」か、という特徴がよくあげられる。
今回の欧州スーパーリーグ構想では20クラブ中15クラブが固定制であることから、米国型スポーツの考え方を欧州サッカー界に一部取り入れようとしたという見方もできる。欧州スーパーリーグに資金を提供する予定であったのが米国の巨大金融機関JPモルガンであるという報道や、本構想の中心にいたとみられるマンチェスター・ユナイテッドの会長を務めるジョエル・グレイザー氏や、リバプールの筆頭オーナーであるジョン・ヘンリ―氏がそれぞれ米国型スポーツの花形であるナショナル・フットボール・リーグ(NFL)やメジャーリーグベースボール(MLB)に所属するチームのオーナーでもある事実はこの考えに拍車をかけている。
それに対して欧州サッカー界の現場にいる監督や選手、そしてファンからは、この「オープン型」の構造こそが、欧州サッカーの魅力であるという声が数多くあがっていた。可能性がどれほど低くとも、自分たちが愛するクラブが目の前の試合を勝ち続けることで、いつかはチャンピオンズリーグに出場して、世界的な強豪クラブと試合をすることもできる、その夢を見ることができるからこそ、ファンは応援を続けるのである。
その後、グレイザー氏とヘンリー氏の両氏はともに自身のクラブのファンに対して欧州スーパーリーグに参加したことが過ちであったとして謝罪の声明を発表している。その中に共通して記載されていたのは、自分たちのクラブのファンが今回の構想に対して明確に反対の意を示したことを受け止めて、脱退を決めたという点である。またJPモルガンも公式声明を発表して「この取引がサッカー界全体からどのように見られているかについて我々は明らかに見誤った」と述べている。
彼らを含めてメガクラブの運営に関わる者が欧州サッカー界の構造や歴史について把握していないはずはなく、今回の構想に関してもある程度の反論は予想していたと考えられるが、それでも欧州サッカーを長年応援し続けてきたファンと、現場にいる監督や選手からの批判の声は想定を上回るほどだったのかもしれない。
しかし今後も欧州サッカー界が「オープン型」を維持していけるかはわからない。試合数などが異なるため単純比較は難しいが、世界のプロスポーツリーグを収入規模順に並べてみると、上位にくるのは米国のNFL、MLB、ナショナル・バスケットボール・アソシエーション(NBA)になるといわれている。
<これで一件落着なのだろうか?>
今回の欧州スーパーリーグ構想がこのまま破綻していくとしても、上述した論点は、今後も欧州サッカー界全体で議論が続けられていくだろう。そしてその規模は異なるかもしれないが、今後は他の競技や地域においても同じような議論が起きる可能性もある。
先日紹介した、現在改定作業が進む「新ヨーロッパ・スポーツ憲章」の改定ポイントにおいては、企業とプロスポーツ部門(Corporate and professional sector)に関する個別の条項が追加され、「企業とプロスポーツ部門もスポーツの発展において重要な役割を担うものとして、それぞれとの対話や連携が重要である」とした上で、「企業やプロスポーツ部門が得た利益をスポーツ界にもきちんと還元するようなスキームに参加してもらう必要がある」と記載されている。最終的にこの改定が現状の想定通り行われるかはわからないが、欧州スポーツ界ではこのような課題が認識されており、議論を進めようとする意志が読み取れる。
日本のスポーツ界と欧州のサッカー界では、過去の歴史や背景が大きく異なり、現状ではビジネスの規模にも大きな差があるかもしれないが、今回の欧州スーパーリーグ騒動から見えた論点は、日本スポーツの将来を考えていくうえでも、頭の片隅に置いておくべきかもしれない。
(本記事の内容は独自の取材に基づくものではなく、2021年4月28日時点で一般に公開されている情報に基づいて記載している)
【リンク先(英語のみ)】