Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

相撲大国・石川で熱戦!未来の力士たちへのエール

相撲が盛んな石川県金沢市で、毎年5月に高校相撲の全国大会が行われていることを、皆さんはご存じだろうか。相撲部の高校生たちにとって、会場の卯辰山相撲場は憧れの聖地であり、地元住民にとっても欠かすことのできない、地域に根づいた大会となっている。晴天に恵まれた5月20日(日)、第102回大会が行われた。その様子を、さまざまな人の声を交えてここにリポートする。

写真・文/飯塚さき(フリー記者・編集者)

自校の応援団のエールを背に取組に挑む、金沢学院の川渕一意選手

自校の応援団のエールを背に取組に挑む、金沢学院の川渕一意選手

アマチュアスポーツ最古の大会  「高校相撲金沢大会」とは

「黄金の左」の異名をとり、昭和の土俵を沸かせた大横綱・輪島や、5月場所に新三役昇進を果たした、現役人気力士の一人である遠藤など、数々の名力士を輩出してきた石川県。地元の金沢学院高校(金沢学院)や金沢市立工業高校(金沢市工)の相撲部は、全国で活躍する強豪校だ。ここ相撲大国で毎年5月に開かれる「高等学校相撲金沢大会」は、高校球児にとる甲子園、高校生ラガーマンにとる花園ともいえる、角界を目指して日々稽古にいそしむ相撲部員たちの憧れの聖地である。

高校相撲金沢大会の様子

高校相撲金沢大会の様子

北國新聞社が主催する同大会の歴史は、日本のアマチュアスポーツ史上最古を誇り、実に大正4(1915)年にまで遡る。残念ながら戦争で2度中止となっているため、今回が102回目の開催となった。会場は、昭和36(1961)年の建設以来使われている卯辰山相撲場。特徴的なすり鉢状の客席は、毎年多くの観客で埋め尽くされる。

この大会は、全国から予選を勝ち抜いてくる選手たちにとってはもちろん、地元の人々にとっても大切な行事の1つとなっている。特に高齢者にはファンが多く、毎年欠かさず足を運ぶ人も少なくない。地元の強豪校をはじめ、全国からやってくる将来有望な選手たちを一度に見られるとあって、楽しみにしている人が多いという。

事実、若き日の輪島少年がこの地で個人準優勝を果たしているだけでなく、平成元(1989)年の個人優勝は元大関・武双山、15(2003)年は大関・豪栄道、20(2008)年は小結・遠藤と、そうそうたるメンバーが歴代入賞者に名を連ねている。ここで活躍した選手が、次々にプロとして羽ばたいていくため、同大会は角界への登竜門と言っても過言ではないのだ。

大会の前日になると、地元のテレビ局では大々的に特集が組まれる。番組では、こうした大会の歴史を振り返りながら、その年の注目選手や学校を紹介するそうだ。ここまで聞けば、同大会の価値や重要性、そして注目度の高さがおわかりいただけるだろう。

華やかな客席  熱い声援を背に、前へ!

北國新聞創刊125周年を記念した今回は、5月20日(日)に開催された。朝8時の開会式を前に、4時頃から並んでいた人もいたというから驚きだ。

客席から声援を送る地元の高校生たち

客席から声援を送る地元の高校生たち

同大会がほかと一線を画すのは、何よりもその応援だろう。今回の出場校は72校。うち15校は石川県の高校で、各校から吹奏楽部、チアリーディング部、応援部の生徒が駆けつけ、会場を盛り上げるのだ。しかも、強豪の金沢学院と金沢市工に関しては、毎年学校行事として予定が組まれており、全校生徒が応援に来る。応援団は、選手の名前が書かれた手作りのプラカードを高々と掲げ、皆で名前を呼びながらエールを送っていた。全員でメガホンを持ち、ブラスバンドの演奏に合わせて歌ったり踊ったりする様は圧巻で、まさに華やかな甲子園のアルプススタンドのようだ。金沢学院吹奏楽部の女子生徒は、「今年は2年生の川渕一意かわぶちかずま選手が強いと聞きました。私たちも一生懸命演奏しながら応援します」と話してくれた。

地元出身選手の名前が書かれたのぼり

地元出身選手の名前が書かれたのぼり

さらに、応援席の後ろには、地元出身選手の名前が書かれた大きなのぼりも立っている。友人の熱い声援を受け、いつも以上に地元選手の気合が入るのは言うまでもないが、他県から来た選手たちもまた、この独特な雰囲気に鼓舞されるという。

主催である北國新聞社をはじめ、テレビ局や通信社、雑誌社などの報道陣も、全国から多数押し寄せる。地元のテレビ局では、朝の開会式から日の暮れる表彰式までを、会場に入れなかった人のためにすべて生中継。

また、山の上で1日がかりで行われる大会とあって、弁当や軽食を販売する売店も充実している。何も知らない人が訪れたらなんの祭りだと思うだろうが、こうして皆で集い、朝から晩まで汗を流して必死に奮闘する未来の力士たちを応援するのが、この町の初夏の風物詩なのだ。

オランダから訪れていた観光客

オランダから訪れていた観光客

会場には、なんと外国からの観光客が何人も見受けられた。

オランダから旅行で訪れていた男性は、「昨夜レストランで食事をしていると、隣にいた人がチケットを2枚くれました。でも、言葉が通じずになんのチケットかわからなかったのです。そこで、ホテルに戻ってスタッフに尋ねると、高校生の相撲大会だと言うので、大喜びでやってきました。日本人の優しさに触れ、素晴らしい旅の1ページを提供してもらいました」と教えてくれた。「朝の9時に着いてずっと見ていますが、いつまでたっても飽きません。相撲そのものはもちろん、会場の雰囲気をとても楽しんでいます。日本の高校生の男の子たちは、みんな髪が短くて可愛らしいですね」と、女性も目を細めて楽しんでいるようだった。旅先の「おもてなし」の心による突然の行程は、予想以上に思い出深いものになったと話してくれた二人。これには、日本人として鼻が高くなるばかりである。

目指すは頂点!熱き戦いを繰り広げた選手の声

石川県出身で新潟県立海洋高校3年生の中村泰輝選手

石川県出身で新潟県立海洋高校3年生の中村泰輝選手

ここで、メインの土俵に目を向けてみよう。朝から昼過ぎにかけての団体予選の後、勝ち上がった33校による決勝トーナメントが行われる。団体戦は3人制で、2人以上勝ったチームが勝ち進むルールだ。その後、最後に夕方から個人戦のトーナメントが行われる。

インターハイとも国体ともまた違った価値のあるこの大会に、強い思いを抱く選手は少なくない。新潟県立海洋高校3年の中村泰輝なかむらだいき選手も、その一人だ。

個人戦で3位に入賞した中村選手

個人戦で3位に入賞した中村選手

現在は新潟の高校に通うが、出身は石川県である中村選手。小学1年生から相撲を始め、以来家族や相撲クラブの仲間と一緒に、この大会を見に来ていた。高校生になって卯辰山の土俵に上がるのが、その頃からの夢だったという。

「1年生から出場し、今年で3度目の挑戦です。でも、今まで一度も優勝した経験がないので、今年こそは、団体も個人も優勝を目指して頑張ります。地元だからこそ、勝ちたいですね」

団体決勝トーナメントを前に、そう意気込みを語ってくれた。その後の団体戦で、中村選手は見事全勝。しかし、チームは残念ながらベスト8で敗退となってしまった。

さあ、このままでは終われない。最後の個人トーナメントでは、恵まれた大きな体を生かして、冷静に相手を見ながら土俵外へ追いやり、着々と駒を進めた。ついに勝ち進んだ準決勝。ここで惜しくも土はついたものの、成績は第3位と大健闘である。その上、堂々の「北信越最優秀選手賞」も受賞した。

大会後、「おめでとう」と声をかけたが、彼の表情には陰りが見えた。

「3位はやっぱり悔しいです。最後の金沢大会、どうしても優勝したかった。それに、地元の大好きな大会に出られるのがこれで最後だと思うと、本当に寂しい気持ちになります」

決して悲観することはない、むしろ3位とは立派な成績であるが、彼の高みはそこではなかった。目標に到達できなかった悔しさ、そして思い入れの深い大会に、出場者として足を運ぶことは二度とないという寂しさが、彼の顔を曇らせていたのだった。

一方で、彼はこうも話した。

「この大会に来ると、家族だけでなく地元の友達も見に来てくれて、しかもほかの大会よりも盛大に応援してもらえるので、とてもうれしかったんです。土俵上でも、皆からの声援はよく聞こえています。毎回いつも以上に頑張れたし、だからこそ寂しい気持ちもひとしおなのですが、3年間、この土俵に立てたことは本当にいい経験になりました」

最後は前向きに語った中村選手。これからの活躍を祈念すると「はい、ありがとうございます。頑張ります!」と元気に答え、幼い頃からの思い出が詰まった卯辰山を後にした。

個人戦で優勝し、テレビのインタビューに答える花田秀虎選手

個人戦で優勝し、テレビのインタビューに答える花田秀虎選手

そんな中村選手を準決勝で破った相手は、最後に見事優勝を勝ち取った。和歌山商業高校の花田秀虎はなだ・ひでとら選手だ。なんと、まだ2年生である。

聞くと、相撲は小学2年生から始めたが、これまでレスリングや柔道などの他競技にも取り組み、その身体能力を多方面から育んできたという。

  将来は角界入りを目指していると明言した彼は、「まさか優勝できるとは思っていませんでした。今は純粋にうれしいのですが、もっと稽古して強くなりたいです。学校では、非常によい環境で稽古に集中できています。前に出る自分らしい相撲で、これからも頑張りたいと思います」と、謙虚に語った。

団体戦準決勝で当たった地元の金沢学院対金沢市工の対戦

団体戦準決勝で当たった地元の金沢学院対金沢市工の対戦

団体戦では、埼玉栄高校が圧巻の3連覇を達成。地元の強豪は、金沢学院が準優勝、金沢市工が3位と優秀な成績を収め、会場は大いに盛り上がった。

取組終了後、地元高校の選手たちは、それぞれの応援団のもとへ。すると、それに応えるように、応援団は改めて一人ひとりにエールを送った。時折涙をぬぐう選手もいるなか、最後まで皆、その健闘を称えた。

もぎ取った勝利に思わず顔がほころぶ者、途中で涙をのんだ者、仲間の活躍に飛び上がって喜ぶ者。さまざまな選手がいたが、一人ひとりの胸に、この大会が大切な青春の1ページとして刻まれたであろうことは想像に難くない。選手だけでなく、観客として訪れた人々も、実直に前にぶつかっていく高校生たちの頑張りを目の当たりにしたことで、日々の活力をもらえたのではないだろうか。この日熱戦を繰り広げた333名のなかから、将来力士としてプロの土俵を沸かせる者が出てくること、そして、角界の頂点に立つ者が現れることを、心の底から期待してやまない。

選手たちを前に、その健闘を称える応援団

選手たちを前に、その健闘を称える応援団

飯塚いいづかさき

1989年生まれ、さいたま市出身。2008年早稲田実業学校高等部卒業、09~10年シアトル・ワシントン大学留学、12年早稲田大学国際教養学部卒業。美術雑誌社を経て、13年よりベースボール・マガジン社で『Sports Japan』(日本体育協会発行)、『コーチング・クリニック』などの編集を担当。今春より独立し、フリーランスの記者・編集者に。『相撲』(ベースボール・マガジン社)、『大相撲ジャーナル』(報知新聞社)、ウェブマガジン『DEPORTARE』(スポーツ庁)などで執筆中。

大会概要

■大会名称:高等学校相撲金沢大会

■開催時期:5月(例年)

■会場:石川県卯辰山相撲場(金沢市末広町)

■オフィシャルサイト:http://hk-event.jp/sumou/