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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

アスリートの能力をビジネス界で開花させる:セカンドキャリア問題を少し解決するために

SPORT POLICY INCUBATOR(28)

2023年5月10日
武藤 泰明 (早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授/笹川スポーツ財団 理事/スポーツ政策研究所 所長)

 アスリートについて、話題になる割に、あるいは何とかしたいとみんなが考えているのに解決策が見つからないのがセカンドキャリア問題である。選手は現役の間、競技に専念する。それがおそらく理想である。そして引退すると、簡単に言えば途方に暮れる。そうなることが分かっているのに、何も始まらない。始められない。

 この「セカンドキャリアの欠落」は、遺伝する。と言っても、親から子に、ではない。指導者から選手に、である。指導者自身が、競技という狭い世界から出たことのない人であることが多いので、外の世界での人生を、イメージすることができない。外の世界と言っても、メタバースほど遠くない。隣の家のご主人や夫人の世界である。でもわからない。

 例外的に、企業スポーツという、世界的に珍しい日本固有のエリートスポーツの世界では、一部の「もと競技者」が会社の事業の世界で成功をおさめてきた。しかし最近…と言ってもこの半世紀は、企業スポーツの選手の実質的なプロ化が進んだ。彼ら彼女らは、アスナビは例外だが、その会社でのセカンドキャリアを念頭に置かないことが多い。

 中学高校の部活の顧問(教員)は、立派なセカンドキャリアの見本ではないか。もちろんこれに同意する。でもその顧問(=もと選手)が、例えば30年間の指導者生活で累計600人の選手を育成して引退するのだとすると、その中で部活の顧問になれる選手は例外的な存在である。つまり、選手みんなに対して、その競技で指導者になるというライフプランを持たせてはならないのだ。そして、部活の顧問は競技や教育者以外の人生を見せることができない。だから部活の顧問が自分の経験から学生生徒の未来の職業を語るのは、たぶんしてはならないことなのである。

 ではどうすればよいか。それを考えるいわば「よすが」として、セカンドキャリアの類型を、少し整理してみる。

[類型1]選手がスポーツの能力で指導者になる

[類型2]選手がスポーツの経験と能力でビジネス界で活躍する

[類型3]選手がスポーツの経験と能力を捨ててビジネス界で活躍する

[類型4]選手がスポーツのマネジメントで活躍する

 類型1は、ここまでに述べてきた「夢のような」セカンドキャリアである。これを否定はしないが、それだけではほとんど意味がないので他の道を考える。類型2は、ありえそうにないと思う人が多いだろうから、後回しにする。類型3は、企業スポーツの世界といえばよいだろうか。体育会系の大学生は、これまで企業に歓迎されてきた。これについては、束原(2021のすぐれた検討があるが、このような評価は、ある程度の偏差値以上の大学で、普通の入試で入ってきた学生についてのものである。現在のように、中学入学以降ほとんど勉強せず、高校大学に競技実績で入学した学生が産業社会から歓迎されるかと言うと、そんなに甘くはない。

 アスリートに見習うべきことは、少なくないと思う。たとえばサッカーの2022年ワールドカップで、日本代表チームが去った後のロッカーがきれいだとか、エンゼルスの大谷選手が2023年のWBCの日本チームの宿舎でインタビューを受けていて、後ろに映っている玄関に選手の数十足の靴が整然と並べられているとか。これらはとても大事なことだし、どこかでビジネスパーソンの職務能力(コンピテンシー)につながっていくようにも思える。でもこれがコンピテンシーにつながっていくためには、おそらく基礎的な学力が不可欠なのである。

 類型4は、実は近年減少している。その理由は、ビジネス界の人々が、スポーツの経営や運営に転職や兼務で参加するようになったからである。かつては、スポーツ組織の運営や経営は、企業スポーツなら親会社の社員が担っていた。あるいは競技経験者がビジネスについての知見を持たぬまま携わっていた。しかし時代は変わり、たくさんの人がスポーツ関係の仕事をしたいと思い、スポーツの外からやってくる。だから元選手はスポーツの世界で就職しにくくなっている。

 ではどうするのか。私は、上記で「ありえそうにないから後回し」とした類型2、つまり「選手がスポーツの経験と能力でビジネス界で活躍する」を目指すことを、考え始めている。というのは、スポーツ経験者は、前述のコンピテンシーが高いかもしれないのである。

 コンピテンシーは米国の国務省が1970年代に「優れた職員が行動レベルで発揮している職務能力」としてモデル化し、職員採用の基準として取り入れたものである。その後の研究で、継続的に高い業務成果をあげている人を観察した結果、スキルや知識に裏付けられた行動特性や先天的な性格などに依存する行動特性よりも、仕事に対する取り組み姿勢や考え方に基づいた行動特性が業績と関係していることが明らかにされている。

 私の現在の「野望」は、ビジネスで通用する「もとアスリートのコンピテンシー」を体系的に整理し、産業界とスポーツ界に提示することである。部活の顧問や監督、あるいは体育学系の研究者はビジネスや企業について知見がないことが多いので、そんなコンピテンシーが存在することに、なかなか気づけない。だから私は二つのことを始めた。一つ目は、ビジネス界で活躍している元エリートアスリートを見つけることである。意外に思われるかもしれないが、必死に探さなくても少なからず見つけることができる。彼ら彼女らのサクセスストーリーは、コンピテンシーを明らかにするのに不可欠である。第二は、このテーマを引き受けてくれる、産業心理学まわりの研究者をたくさん見つけることである。おおぜいが研究に参加し、多様な成果を上げることによって、この観点の有効性を、学校や企業に分かってもらいやすくなる。どなたかぜひ、SSFとご一緒に。

束原文郎『就職と体育会系神話』青弓社、2021

  • 武藤 泰明 武藤 泰明    Yasuaki Muto,Ph. D. 早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授
    笹川スポーツ財団 理事/スポーツ政策研究所 所長
    東京大学大学院修士課程修了。博士(スポーツ科学)。2006年三菱総合研究所退職(主席研究員)、同年4月早稲田大学教授嘱任、現在に至る。専門分野はマネジメント・企業経済学。日本フィナンシャル・プランナーズ協会常務理事、全国民営職業紹介事業協会理事等 。著書に「プロスポーツクラブのマネジメント(第3版)」「スポーツのファイナンスとマネタイズ」等がある。