この義足を使って走る人は、数十人かもしれない。しかし、その人たちが大観衆の前で走れば、その瞬間にこれは数万人もの足になるでしょう。(本文より)
- 調査・研究
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この義足を使って走る人は、数十人かもしれない。しかし、その人たちが大観衆の前で走れば、その瞬間にこれは数万人もの足になるでしょう。(本文より)
作者がこの本でいちばん読んでもらいたいところは「あとがき」にあるに違いない。評者は通常、まえがき、目次、あとがきと読んで、それから本文に入る。読む前に書かれている内容を想像するのも読書の楽しみだからである。しかし今回は、作者がまえがきなしで書き始め、ホップ、ステップ、ジャンプの構成を意図していると見て、「あとがき」は最後に読んだ。そして、最後まで来て目が潤んだ。通常のようにこの本の「あとがき」も、関与者への謝辞が述べてあるだけなのだが、これには泣かされた。5年間ほどの取り組みにどれほどの人々が真摯に向き合ったか。まさに胴上げの瞬間である。
足を切断せざるをえない苛烈な運命に見舞われる人たちがいる。想像を絶する衝撃だ。その失われた足の代わりに義足をつくろうとする懸命な人たちがいる。二人三脚という言葉どおり、義足は、この「ない足」をめぐる必死の二人三脚の営みによってつくられていく。この営みにもう一人、プロダクトデザイナーが割って入りこむという場面からこのレポートは始まる。義足にはデザインが欠落していると感じられたからだ。このデザイナーの直感と好奇心は正しかった。この三つ巴の営みはやがて「美しいスポーツ義足」試作プロジェクトへと展開し、それは終にパラリンピック・ロンドン大会への代表選手選出へと結実していく。
このプロジェクトのドキュメントがこの一冊である。ここにはトップアスリートへと成長していくブレード・ランナーたちだけでなく、この著者の大学での教え子たちも数多く登場する。まるで彼らの成長物語を描いた青春文学のようにも読める。またお堅いはずの役所の人や財団や企業のめんめんも思いがけない助言や支援を惜しまない。ともかくどの顔もイキイキしている。デザインとはこういう仕事なのだ。
ふんだんに差し挟まれた著者のスケッチも見事だ。人体の微妙な曲線、その骨格まで観察するデッサン力に基づいているから、文章も美しい。この人は、ほんとうに、ほんとうのデザイナーの仕事をしている人だ。
その意味でこの本は、図書館のデザインやデザイナー教育の棚で発見されるべきだと初め考えたが、しかし、際立ったアスリートが生み出す光景はいつも際立って美しい。スポーツと美しさ。著者の思いもそこにあるとしたら、このスポーツ欄で紹介するのも究めて順当なことなのだと思い直した。夢のある一冊である。
(掲載:2013年12月04日)